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Seen02 インターミッション「ホビーショップ・ウェイバースリントン黒神楽店」


 向かって斜め右向かいにある泰治の部屋の扉を軽くノックする。
 さすがに、明日を見据えて布団へ潜り込んでしまった後かとも思ったけれど、泰治はすぐに部屋の扉を開き、深夜の訪問者を確認するべく顔を出す。
「どちら様?」
 訪問者が俺だと理解すると、泰治はさっきの騒動の余波をまとった。微かに表情を強張らせると、そこには「さっきの騒ぎに関する話題ならば対応しない」といった強い態度が見え隠れする。
「言規か? 悪いことは言わない。さっきも言ったけど、今日はもう寝ろ! それに、もうそろそろ明日に響く……、ああ、いや、もう日付を跨いだ後だから今日になるのか」
 ここで雑談を引っ張り出してきて、ワンクッションを挟むことは今の泰治の態度を鑑みるに逆効果だろう。
 ならば、単刀直入に真摯な態度で切り込むのが、恐らく最善策。
「夜の遅い時間に悪いな。でも、思い立ったが吉日で、今行動しないと決心が鈍るような気がして……。泰治、銃を俺に貸してくれないか。武器が必要なんだ」
 俺の突然の要求に、泰治は一瞬ぽかんとした顔付きをする。脈絡がない要求だったからだろう。けれど、泰治はすぐにその必要となる理由を俺へと尋ね返す。
「……サバゲーでもやるのか?」
「サバゲー……か。まぁ、そんなようなものかな。いや、もっと実用的な面で必要というか何というか」
 歯切れの悪い俺の様子を前にしながら、泰治はそれ以上深く理由については訪ねなかった。それ相応の理由があって言い出したことだいう認識を持ってくれたようだ。俺の要求が泰治の好む分野だということも関係しただろうか。
 ともあれ、複雑な表情ではあったものの泰治はすんなり俺を自室へ招き入れた。そうして、適当に座るよう促すと、泰治はパソコンラックの下に設置された収納棚へと手を伸ばす。
 何気なく泰治が引っ張り出してきた収納棚に目を向けて、俺は思わずギョッとした。
 収納棚には頑丈にも二重の施錠が為されていたからだ。施錠の一つは数字を合わせるダイヤル式のタイプで、もう一つは鍵を差し込んで回すタイプの最も一般的な奴だ。
 泰治は手慣れた調子で金属製のダイヤルを回しながら、俺が必要とする銃のタイプについての確認を始める。
「それで、どんなのが必要なんだ?」
 カチッと音が鳴ったことを確認すると、泰治は収納棚の最下段の取っ手へ手を掛ける。
 最下段のスライド式収納スペースには、工具や塗装溶剤などが所狭しと並べられていた。そこにあるのは、それこそガスガンの改造や分解・組立に専用で使用される特殊なものから、日曜大工で利用される一般的なものまで様々だ。その収納スペースを一般人が見て、泰治の趣味の一つがガスガンの収集・改造であることに気付くものはいないだろう。
 尤も、工具の置かれたそのスペースは、あくまで収納面での実用性を兼ねた取り外しの利くダミースペースである。二重に施錠の施すような収納スペースの中身が、ただの工具や塗装溶剤置き場であるわけがない。そのダミースペースを取り外すことで始めて、姿を現すものがあるのだ。
 泰治自身が改造を施したガスガン一式である。その数、なんと七挺。
 前に泰治宅でコレクションを見せて貰った時から、実に二挺増えている計算だった。
「とは言っても、俺もそんなに多くの種類を持っているわけじゃないから、用途に特化したものを選べるとは限らないよ? それで、接近戦がメイン? それとも、どこか狙撃ポイントを確保した後、ひたすら遠距離から嫌らしく狙うつもり? 接近戦がメインの場合、重視する性能は集弾性能? それとも、多少ぶれが生じても威力重視で攻めるのか?」
 立て続けに質問を続ける泰治に、俺は処理が追い付かない。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ! 今、色々と整理をするから」
 放っておくとそのまま選別のための質問を続け兼ねない泰治を制止すると、俺は霞咲駅のホームでの一件を思い返す。
 言うまでもない。銃口を向ける対象として俺が真っ先に想定するのは、サクラである。
 相手をサクラと仮定して脳内で状況を組み立てて、俺は必要条件の洗い出しに取り掛かる。
「一発一発の威力よりも、どちらかというと連射が利くタイプの方がいいんだろうな。弾丸の装填数も、多いに越したことはないよ。……というか、一発撃って、遊底を引いて、狙いを定めて、なんてことをしている余裕なんてないと思う。標的なんだけど、俺の掌サイズの大きさでさ、信じられない速度で移動するんだよ。だから、近距離とか中距離とか関係なく扱い易いのが良いな」
 最初は真剣な表情で俺の脳内シミュレーション結果に耳を傾けていた泰治だったけれど、次第次第にその表情には怪訝の色が混ざった。そうして、脳内シミュレーション結果を聞き終えた泰治からは、ガスガンの用途に対する厳しい追及の言葉が向けられる。
「……話を聞く限り、その標的とやらは小動物か何かのように聞こえるんだけど? 言規だから大丈夫だとは思うけど、一応言っておくよ。新聞に載って動物愛護団体が暗躍する事態になるようなことだけは絶対に止めてくれよ? 小動物なんかここにあるガスガンで標的にしたら、下手するとショック死させるぐらいの威力は優にあるからな?」
「それは多分大丈夫だ、あれはそんな生易しいものじゃない!」
 きっぱりと言い放った俺の迫力に気圧されたというわけではないだろう。けれど、それ以上、俺が何を標的として想定しているのかについて、泰治が突っ込むことはなかった。「言規だから大丈夫だとは思う」と言ったように、泰治は俺の良識を信じてくれたわけだ。これこそ長年の付き合いがもたらす信頼関係というものである。
 標的に関する誤解が解けたことで、すんなり最適の一挺が提示されると思いきや、すぐに次の問題が浮上した。
「それと、残念なことに、言規の要望を完全に満たせられそうなものが手持ちにない。話を聞く限り、フルオートマチックのマシンピストルが一番要望に添っていると思うんだ。だけど、残念ながらその手のものは持ってないんだよ」
 俺の要望に一番沿った種類の銃の形を「これだ」と示して見せるものの、泰治の手持ちの中にその「フルオートマチックのマシンピストル」とやらはないらしい。
 ともあれ、俺の要望を叶える銃がないという事実は、コレクションに対する泰治の考に凝りを残したようだった。
「マシンピストルやアサルトライフルなんかも欲しいは欲しいと思ってるんだけど、如何せん資金が限られているからね。高校生活に慣れてきたらバイトも視野に入れて収集の幅を広げたいとは思っているけど、ここだとそもそも収納スペースの問題もあるんだよなぁ。まさか、アサルトライフルをそこの壁に掛けて置くわけにも行かないし……」
 小難しい顔でぶつぶつと独り言を喋り始めた泰治は、ここにない種類のガンガンを今後どうするかについて再確認しているようだった。部屋をグルリと見渡す段階になってしまえば、泰治の思考の大半は将来的な収納スペースの確保とコレクションの拡充といったものへ、完全に移ってしまったのだろう。
 俺はあっという間に相談者という役を失い、泰治へと声を掛けるべくタイミングを窺う立場に身を転じた格好だった。
 尤も、泰治はすぐにそんな俺の様子に気付いて我に返る。
「おおっと、悪い悪い、余計な話に逸れたな」
 俺は内心ホッと胸を撫で下ろした。
「建設的な話をしようか、言規。今ここにあるもので、俺が言規にお薦めと言えるのはジェリコ941FSモデルだ。こいつは良いぞ。俺の好きな映画のシリーズもので、主人公がこいつを使って暴れるシーンがあるんだけど、本当、格好良いぜ」
 収納スペースの中に置かれたガスガンの中から一挺を手に取ると、泰治はそれを俺に向けて差し出した。銃身を手に持ちグリップを俺へと向ける様子は、俺に一押しを手に取るよう勧めるものだ。
 しかしながら、お薦めとなる根拠の部分で、泰治は実用性や操作性について一切触れていない。はっきり言って、俺はそこに不安を覚えずには居られなかった。この分だと大口径で反動が大きく一発毎に撃鉄を引く必要のあるような実用性度外視の物であっても「格好良いから」という理由でお薦めとされ兼ねない。
 もちろん、デザイン性や名称の格好良さが何よりもまず最重要で「絵にならなければ話にならない」という人達がいることも否定はしない。けれど、俺は自身の脳内シミュレーションを通して、泰治にそれを条件として求めていないのだ。
 相談相手として人選を間違ったかも知れない。ふと、そんな思考が脳裏を過ぎる。
 げんなりした顔付きをする俺に、泰治からは鋭い指摘が返る。
「その顔は、こいつが求めている性能を本当に兼ね揃えているのかどうかを心配してる感じだな? 心配無用、このジェリコは俺があちこち手を加えたスペシャル品で、性能は折り紙付きの代物だ。こいつは反動を最小限に留めることを念頭に置き、且つ集弾性能を犠牲にしないギリギリのラインを狙って威力回りを強化すべく、随所に改造を加えてある」
 誰が説明を求めたわけではないけれど、その二つの面を強化した理由について泰治は合理的な説明を続ける。
「いくら連射ができても反動が大きく集弾性能が低かったら、そもそも標的に命中させられない。だから、反動を抑えて集弾性能を高めた。あっという間に弾切れになってマガジン交換を迫られるのでは、そもそも連射できる意味がない。だから、弾丸のサイズを落として装填弾丸数を稼いだ場合でも、威力の減少をある程度まではカバーできるよう威力回りを強化した。まぁ、セミオートマチックだから連射性能はフルオートマチックには多少劣るけど、それでも引き金を引き続けている限りはマガジンが空になるまで連射できる」
 お勧めに至った実用面での根拠が泰治の口から出てきたことで、俺は思わず胸を撫で下ろしていた。
 実用面について泰治が語った中に威力についての内容があったことで、俺は泰治に素朴な疑問をぶつける。尤も、それは素朴な疑問ではありながら、最重要部分でもある。
「ふと、疑問に思ったんだけど、泰治の手が入っていないノーマル品っていうのはどれぐらいの威力があるんだ? 例えば、小動物を相手にどれだけのストッピングパワーを発揮できるんだ?」
「それはピンキリだよ、言規。そもそも、言規の言う小動物が何を想定しているかによっても変わってくる。それを踏まえて、市販品に対する一般的な話をすると、ガスガンの中でも最初からサバゲーに使用されることを想定して作られているものに、そもそも威力を求めるのはお門違いだ。そして、最近では昔からずっと威力を売りにしてきたメーカーでさえも、自主規制が入ってきてる。威力重視のガスガンは、ほぼ市場から駆逐されてしまった感じだよ。だからこそ、わざわざ改造しているとも言えるしね」
 無改造市販ガスガンの威力に関する泰治の評価は、非常に手厳しい内容だった。
 泰治の見解を聞き、俺が危惧することは市販品で威力がこと足りるのかという点だ。サクラという蜘蛛を相手に立ち回ることを想定した場合、どれだけのストッピングパワーが必要となるかがそもそも不明だ。
 応急処置のつもりで泰治から銃を借りる予定だったけれど、それを市販品に置き換えることが難しいというのなら、最初から泰治にカスタム品を譲って貰う交渉をする方が良いのではないか。ふとそんな考えが脳裏を過ぎった。
「大体、自主規制云々の話が浮上することになったのも、ガスガンを馬鹿なことに使う奴が後を絶たないせ……」
「よし、オーケー! 解った、代金は支払う。だから、カスタム品を一丁譲ってくれないか! 泰治の手によってカスタムされたものじゃないと、奴らに対抗できないかも知れないんだ」
 泰治の話が規制を掛けるに至った経緯に対する愚痴へと波及しそうな雰囲気が漂い始めたところで、俺は慌ててそこに口を挟んだ。
 泰治は一度ぽかんとした表情を見せた後、そこに困惑を浮かべた。当初は「貸して欲しい」という話だったにも関わらず「代金を支払うから譲って欲しい」となったことが直接の原因だろう。
「おいおい、勘弁してくれよ。こいつは細部にスペシャル改造を施した特製品で、一挺組み立てるのにだって凄い労力と時間が掛かってるんだぞ。代金を支払うからって言われても、そもそも値段を付けられるような……」
 相手が俺だということもあって、難色を示しながらも泰治は強い態度には出られない。そのまま「ごり押しでどうにかできるかも知れない」と思えば、一押しは自然と口を付いて出る。
「頼む!」
 無理を承知で頼み込むと、泰治は渋い表情で押し黙り長い葛藤へと陥る。けれど、一頻り唸って見せた後には、諦めたかのように頷いてくれた。尤も、その承諾の言葉は、自分自身を言い聞かせるもののようにも聞こえた。
「解った、……解ったよ。悪友のたっての願いだ。どうしてもこれが必要だって言うのなら、仕方がない」
 そして、カスタム品を譲ることについて吹っ切れた泰治の表情も長くは続かない。
「ただ、値段を付けると言ってもなぁ……」
 ボソリと呟いた泰治は、俺が支払うといった代金についてどうすべきか頭を抱えているようだ。カスタム品を譲ることに対して、そもそも「値段が付けられない」と難色を示した通り、適正価格を泰治自身決められないのだろう。
 ともあれ、吹っ掛けようと思えば、泰治はいくらでもカスタム品に対して価格を吹っ掛けることができる。カスタム品を本気で譲りたくなければ、俺が支払えない価格を提示すれば良いわけで、泰治がそれをしないということは即ち、カスタム品を譲る決意自体は固いと見て良いだろう。
「そうだ! 明日、一緒にガスガンを扱うホビーショップへ行こう。地元では展開していない専門店が黒神楽に一店舗あるんだ。その内、足を運んでみようと思っていたからちょうど良い。そこで、カスタム品のベースになったノーマル品をもう一挺購入して、それを言規に支払って貰いスペシャル改造品の代金とする」
 それは即ち、改造に掛けた費用をまるっと請求しないと言ったに等しい言葉だった。
「ありがとう、泰治」
 持つべきものは友だ。感謝の姿勢を全身で表す俺は、きっと飛び掛からんばかりの勢いをまとっていたはずだ。
 一方、泰治はにへらと笑うと徐に希望的観測を口にする。良心的価格の提示を楯に俺に変化を求める形だ。
「なに、これが言規の趣味の幅を広げることに繋がるのなら安いもんだよ。そうだな、これを機会に、ミリタリー談義に花を咲かせられるようになってくれて、且つ一緒にサバゲーやFPSを楽しめるようになってくれれば安い安い投資さ」
 それはあくまで要求という形を取らなかっただけで、強く俺に訴え掛けたものだった。
 俺は返答に困り、苦笑するしかなかった。良心的価格をカスタム品の対価に反映して貰ったことで、泰治の願望を無下に切って捨てることができなかったからだ。尤も、泰治が手がけたカスタム品を実際に使用する立場へ身を置くことで、興味を惹かれることは十分あり得る話だ。惹いては、泥沼に填るかの如くそこからズブズブと泰治の望む変化を俺が受け入れる可能性も十二分に考えられる。
「あはは、期待に添えられるかどうかは約束できないけど……」
 若干の確かな不安を覚えながら、俺は「努力する」という態度で返事を濁した。
 今はその返事で満足しておくとでも言わないばかり、泰治は口許にニィと笑みを灯した。
 ともあれ、明日の予定に一つ行き先が追加された瞬間だった。
 当面の対抗手段を確保した安心感に包まれながら、そろそろお暇しようかと席を立ったところで、俺は固まる。
「あー……、大事なことを一つ忘れてた。いや、二つか。一つは結局有樹はどうしたんだろうなとかいう話なんだけど、部屋に布団がなくてさ。タオルケットとか余ってたら貸して貰えないかと思って……」


 昨晩、タオルケット云々の話を片付けて後、俺が眠りに付いたのは泰治と話を付けてから優に一時間近くが過ぎた後だった。そんな言う経緯もあって、俺達が誠育寮を後にしたのは正午を回ってからだった。寝るのが遅かったから仕方がない面もあるにはあるものの、まだ慣れない永曜学園の制服に手間取ったことも要因の一つだ。
 特別、着こなしを意識したとか、永曜学園の制服が特殊形状をしているというわけではなく、中学時代が学生服だったため、三人揃ってネクタイを締めるのに四苦八苦したのが最大の原因だ。制服は三つボタン式のグレーのブレザーで、学年を識別するためにネクタイの色が決められている以外は、着こなしもほぼ自由だ。何せ校則の中に「学生らしい格好を心掛けること」以外に規定がないのだ。
 ともあれ、想定していた以上に出発時刻が遅くなったことで、俺達は優先度と照らし合わせて神楽坂商店街にある立ち寄り予定場所をいくつかスキップすることにした。最終目的地である永曜学園への到着時刻があまり遅い時間だと問題があるためだ。
 そして、そんな中、新たに追加された立ち寄り店舗が神楽坂商店街の一角に軒を連ねるホビーショップ・ウェイバースリントン黒神楽店である。実に、泰治の先導の元、神楽坂商店街で一番最初に訪れることになった店舗でもある。
 ウェイバースリントン黒神楽店はモールの中で一際異彩を放つ三階建ての建造物だった。店先に設置されたポップや、宣伝用の旗には「最新型ジャミング機器(個人向け)入荷しました!」だとか「幻の電解コンデンサ(Λ800番台品)再入荷!」といったその道に通じていない人には何が何だか解らないような文字が躍る。
 その手の存在が一般人に対して近寄り難さを印象づけているような気がするのは、俺の気のせいだろうか。そもそも、この文言に、実際に購買意欲をそそられる対象者はどれだけ居るのだろう。
 店内へと一歩足を踏み入れると、所狭しと商品が陳列されているのが理解できる。とてもじゃないけれど、天井付近まで蓄積された商品棚を見るに、一見さんが目当てのものを簡単に見つけられるような配置をしているとは思えない。今この瞬間に黒神楽地方を中規模の地震が襲ったら、間違いなく商品による津波が発生するだろう。そうして、直接的な地震の被害によるものではなく、あくまで商品の津波に起因する負傷者がでるんじゃないかとさえ思えるレベルだ。
「おお! こいつは俺が探し求めていたものじゃないか!」
 店内へと足を踏み入れるなり、頓狂な声を上げたのは有樹だった。ホビーショップという響きにも興味を持った風ではなかったから、退屈しないか一番心配だった有樹が真っ先にそう声を上げたことで、俺は思わず目を見張る。
 有樹がこういう店舗で目を輝かせているのをあまり見たことがなかったから、その生き生きとした表情はとても新鮮だった。てっきり、その手の子供心を擽るもので目を輝かせるのは、泰治の専売特許だと思っていたこともある。
 ちなみに、有樹のハートをがっしりと掴んだ商品は、通路脇のワゴンにポップ付きで積み上げられた商品だ。
 商品名は「高機能万年筆マルチパーパスコラボレイター」とある。万年筆に高機能もへったくれもないだろうと最初は思ったものの、ポップの説明書きを読んだ俺はその意味をまざまざと理解した。
 ポップの内容はこうだ。
「悪用厳禁! キャップ部の高性能集音マイクから内部記憶メモリへと、ボタン一つで最大なんと三十分越えの会話を録音可能(モノラル音声)。さらに、有機ELを用いた液晶部には事前に記憶させておいた様々な情報の表示が可能です。グリップ部分に隠したコネクタに専用ケーブルでパソコンに接続すれば、いつでも情報の読書可能。これ一つで今後のあなたの様々な場面を強力にサポートします!」
 どういう部分が有樹のハートを擽ったのかは判らない。しかしながら、そこを起点に、有樹はまるで甘い蜜に吸い寄せられる昆虫か何かのように、商品棚へと近付いていった。
 俺は泰治と顔を見合わせる。
「俺と言規は三階のガンコーナーに行くけど、……有樹はどうする?」
「ここで色々と探してみたいものがある。一通り冷やかしたら三階へ足を向けるから、先に行っていてくれ」
 商品棚から顔だけを覗かせて、有機はここに残ると旨を口にした。
 さしたる興味もないガンコーナーで、一人時間を潰すことになるよりかはその方が良いだろう。俺や泰治に取っても、有機を待たせているという思いを抱くこともないはずだ。
「了解。行こうぜ、言規」
 有樹をウェイバースリントン黒神楽店一階へと残し、俺達は早々に目的のものがある三階層を目指した。
 しかしながら、二階へと足を踏み入れた瞬間、俺はまたも足を止める。この店舗の一階層があれでも比較的一般人向けの陳列となっていたことを理解したからだ。二階層は一階とは打って変わり、一階がそうだったような乱雑さが微塵もない、その代わりと言わないばかり、そこに陳列される商品はどれもパッと見、一般人が価値を判別できるものではなかった。
 それは数百円から数千円のプライスタグを付けて並ぶ、何が異なるのかを記した説明書きもないコンデンサ群だったり、数センチ単位で売られている目を疑うほど高価なケーブル群だったりする。
 何気なく種類が異なるとされるコンデンサを手に取って見比べて見るも、やはり型番以外に違いは発見できない。ほぼ同形状というレベルではない。一度混ざってしまったら、外見から違いを判別することは不可能だ。けれど、値段は倍ほど違うわけで、謎は深まるばかりだった。
 泰治は横合いから俺の手の中を覗き込む。首を傾げる俺の様子に「何を手に取ったのか?」と気になったのだろう。
「その辺りは俺も詳しくないけど、その型番によって大容量電解コンデンサの性能が微妙に違ったりするらしいぞ」
 泰治の言葉を信じるなら「微妙に異なる」で、倍の差が出るということになる。やはり謎は深まるばかりだ。
 俺はほぼ同形状ながら性能と値段の異なる大容量電解コンデンサを慎重に商品棚へと戻した後、先を行く泰治を追ってホビーショップ・ウェイバースリントン黒神楽店の三階へと足を向けた。
 三階は三階でフロアの半分近くを使って、様々な種類のモデルガンやガスガンを展示している空間だった。尤も、ミリタリー趣味の関係のものが全て集められたフロアかというと一概にそうともいえない。
 直接的には関係しないと思われるもので、三階フロアには他に盗聴器と盗聴器発見装置が同時に並ぶ棚がある。ある意味ではそれらもミリタリー趣味の関係の品と括ってしまえたかも知れないものの、真っ先に俺の脳裏を過ぎったことは「こんなものがホビーショップに並んでいて良いのか?」と言った内容だ。
 壁際にはパッと見その辺のカジュアルショップで取り扱っているのとそう変わらないデザインのジャケットなんかも並べられているのが目に付いた。但し、こちらはミリタリー趣味に属する品々だと言えた。すぐ脇には「対衝撃繊維仕様の本格軍用ジャケット入荷!」と書かれたポップなんかが目に入る。
 手を伸ばしてそのジャケットに触れてみるけれど、触り心地に特別な何かはなかった。それではと、手に持って確認してみるけれど、やはりカジュアルショップのものと比較して特別重量があるというわけでもない。対衝撃繊維とやらは触り心地からは判別できないものなのだろう。
 薄手で軽量、外観を含めてもパッと見、通常用途に支障を来すと思われる点は発見できない。中には明らかに受けを狙った迷彩仕様などのミリタリー柄もあるにはあったけれど、全体に占める割合は微々たるものだ。
「これなら、普段使いもできるよな」
 武器のことしか頭になかったけれど、実はこの手の防具も欠かせないんじゃないか?
 ふと、そんな考えが脳裏を過ぎった。万が一、蜘蛛女を相手に回して銃撃戦をやらかすような事態になった場合には必要なのかも知れないとも思ったわけだ。
 すぐにそんな思考は冷静な判断によって押し込められる。
「いやいや、ゲーム世界じゃあるまいし……」
 霞咲駅での一件を鑑みても、対衝撃繊維とやらが役に立ちそうな場面なんてものは想像できない。蜘蛛が襲い掛かってきたとして、対衝撃繊維とやらの出番は微塵も想像できない。
 キャップ、ケプラーベストと言った類のものが並ぶコーナーを眺めながら先に進んでいくと、恐らくただのアクセサリーの意味合いしか持たないと思われる階級章バッチなどが取り扱われたコーナーへと抜ける。
 そして、次に俺の目に留まったものは、トランシーバーだった。何の気なしに、俺は籠の中から子機が四つ付いたトランシーバーを手に取る。すぐ横に配置されたポップには「超小型リチウムイオン充電池採用でダウンサイジングしました!」の煽り文句と大特価の文字が踊るものの、俺にはそれが飛ぶように売れるとは到底思えなかった。
 黒神楽での需要を遙かに上回ると思えるほど籠の中に積み上げられたトランシーバー群が、それを証明していた気がする。そもそも、トランシーバーの購入層がパッと思い付かない。気の迷いから購入した人が居たとして、一体どれだけの人がダウンサイジングを利点と考え、買い換えを検討するというのだろうか。
 ちなみに価格は福沢諭吉先生一人分だ。
「何見てるんだ?」
 ふと気付くと、背後には泰治が居た。いつまで待ってもガン本体の展示されたコーナーへ俺が姿を現さないから探しに来たのだろう。俺が手に持つトランシーバーを覗き見た後、泰治の口からは驚くべき内容の言葉が飛び出る。
「おお! 子機が四つもついて、その価格は安いな!」
 一体誰が購入していくのだろうと訝った矢先の言葉だ。恐らく、俺は泰治を何か異質な存在でも見るような目で見たかも知れない。
「通信帯域にしろ距離にしろ、広く実用域をカバーしてるしこいつは掘り出しものだぞ!」
 尤も、トランシーバーを手に取り興奮気味に話す泰治が、俺の視線にどんな感情が込められていたかに気付くことはなかった。その機会を逃すことなく視線に籠もる感情をいくらか和らげた後、俺は改めて泰治へと向き直る。
「相場が全く解らないんだけど、これは安いのか?」
「それは破格だね、ネット検索で出る最安値より安いんじゃないかな。なにせ一押しの在庫処分品だからね。メーカーが新機種を投入することになっちゃって、後一ヶ月もしないうちにその型番が型落ちに成っちゃうんだよ。でも性能は必要十分で、実用面でも申し分ないよ。お薦めだ!」
 その疑問の答えは、想像だにしない方向から第三者によって返された。
 相場に対する俺の素朴な疑問と、安価である理由についてすらすらと横合いから割って入って説明を加えたのはウェイバースリントン黒神楽店店員だった。その店員は非常に人当たりの良い笑顔をしていたけれど、ひょろりと縦に長い印象を与える身長は軽く180cmを超えていただろう。胸元には坂戸(さかと)と名前が入ったプレートを付けていて、三階フロア担当の文字が目に付いた。
 突然横合いから話に入ってきた相手に、俺は思わずギョッとする。けれど、店員・坂戸は悪びれた様子一つ見せず「お役に立てたかな?」と言わんばかりの得意気な顔付きだった。
 いくら横合いから割って入ってきて「びっくりさせられた」とはいえ、店員・坂戸は俺の疑問を解消するべく商品説明をしただけだ。得てして店員なんてものはどこもこんなものだろう。邪険に追い払うというのも気が引けて、迷った挙げ句、俺は小さく会釈をするという形でお茶を濁す。
 すると、店員・坂戸はついさっきの人当たりの良い笑顔をそのままに、店員としての役目を全うする。
「いらっしゃい、何かお探しかな?」
「見たいものがあって来たんですよ。ガスガン・ジェリコ941FSモデルで、メーカーは……」
 泰治が目当てのものを告げてしまえば、そこはすぐさま俺の理解の範疇を軽く凌駕する専門的用語を交えた会話の展開される場となる。当然そこに俺が口を挟む余地などはなく、俺は完全に置いてけぼりを食う格好だ。手持ち無沙汰から再度店内を物色しようとするけれど、今回は数分と経たない内に名前を呼ばれた。
「言規!」
 慌てて泰治の元へ戻ると、ちょうど店員・坂戸が奥の棚から目的の物を持ってきたところのようだ。店員・坂戸が持ってきたガスガンをマジマジと確認した後、泰治は自身のカスタム品をカウンター台の上へと置いてこちらの要望を伝える。
「試し撃ちって、できますか? できれば、この手持ちのものと比較したいんですが、いけますかね?」
「おお、それカスタム品? 君がカスタムしたものかい。そうだねぇ、持ち込み品との試し打ちの場合は弾丸やガスなんかを自分持ちでやって貰うことになるけど、それでも良ければ構わないよ」
 店員・坂戸からの提示条件は、泰治に取って想定の範囲内だったのだろう。さくさくっと試し撃ちに必要となる消耗品の注文を口にする。
「それじゃあ、A7サイズのゴム弾とガスを四セット下さい。後、あそこの特価のトランシーバーを一つ」
 注文の中にしれっとトランシーバーが入った点は、恐らく突っ込まない方が良いのだろう。内心「本当に購入しちゃったよ」という思いでその様子を眺めていたけれど、俺がそのことに言及することはなかった。
 店員・坂戸が注文の品を用意する間に、俺は泰治カスタムの元となったノーマル品の値札を確認する。
「ちょっと! これ、五万越えてるんだけけど……」
 値札へ視線を落とした後、俺は思わずその目を丸くしていた。
「大分安くなったよ、メーカー小売希望価格は福沢諭吉先生が後二人上乗せされた価格だしね」
 こともなく答える泰治を尻目に、俺は改めて泰治のカスタム品を手に取りマジマジと注視する。
 福沢諭吉先生六人でお釣りが来る価格の物をベースに、泰治が改造を加えていったものがこのジェリコ941FSらしい。敢えて、名前を付けるとすればジェリコ941FS泰治カスタムとなるだろうか。見た目自体はノーマル品と明確な差がないように見えるものの、手に取って比較すると泰治カスタムの方がかなりの重量増になっていることが解る。
 軽い気持ちで譲ってくれとは言ったものの、正直ここまでの出費になるとは思っていなかったというのが本音だ。ともあれ、値段を確認した後の俺が、それまでとは打って変わり性能を吟味する姿勢に真剣味を灯したことは言うまでもない。
 支払いを済ませた後、射撃場と言われて通された空間は思っていたよりもずっと狭く取って付けたような空間だった。
 そこは縦長の部屋で、部屋の奥には人間を模した紙製の的があり、それがなければ倉庫か何かと言われても疑問に思わなかっただろう。いいや、そもそも元々は倉庫として使われていた場所かも知れない。
 入ってすぐの位置にテーブルが設置されていて、どうやらそれが射撃ポイントを決める仕切りの役割を果たしているようだ。窓がなく日が入らない作りで、且つ空調設備もないらしい。そこはひんやりと肌寒い空気が漂っている。これで天井が低ければ、かなりの息苦しさを覚えただろう。基本的に、複数の人間が中に長時間留まることを想定していない作りだと言って良い。
 泰治に手招きされて個室の中に入室すると、泰治はまずノーマル品を手に取る。そうして、慣れた手つきで射撃可能な状態を整えていった。即ち、マガジンにゴム弾を装填し、中に圧縮ガスの詰まったカプセルをセットして、セーフティを解除していくわけだ。
「こいつは一発撃つと自動的に次の弾丸が装填される、セミ・オートマチック式の拳銃で、弾丸はゴム弾とペイント弾が使用可能。弾のサイズはB5、及びA7。ポイントとしては、一つのマガジンで併用できないようになっているってことを頭に入れておく必要があるってことかな。ちなみに、どちらのサイズのマガジンもダブルカラムを採用しているけど、サイズによって装填数が異なりA7の方が五発多く装填できる」
 準備を整える間の片手間で、泰治はノーマル品とカスタム品についてさらりと流すように説明をしてくれた。
 尤も、当の俺はガスガンに関する知識がなく、その説明にさえ理解できない部分が多々存在する。
「はぁ……?」
「はは、付いてきてないな。まぁ、この辺は追々理解すればいいよ」
 泰治は徐にノーマル品の銃口を的へと向けると、ゆっくりとその引き金を引いた。真剣な表情にはノーマル品の感触を確かめんとする確かな意図が見え隠れする。
 圧縮ガス独特の「パンッ」と鳴る炸裂音が響き渡った後、的には一つ穴が増える。
「エクセレント。距離のせいかな、ノーマルでも良い精度だ。それともマイナーバージョンアップであっちこっち改良して来たのかな? でも、やっぱり威力回りは俺のカスタム品とでは比べるべくもないね」
 一通りノーマル品についてそう評論すると、泰治はノーマル品を丁寧にテーブルの上へと置き、自身のカスタム品を手に取った。ついさっきと同様に、手慣れた様子で流れるように準備を整えていくと、泰治は躊躇うことなく引き金を引く。
 すると、ノーマル品に対する泰治の評価を証明するかのように、泰治カスタムが弾丸を射出する際に放った音からして既に異なっていた。泰治カスタムのずっしりとした重い銃撃音を聞くと、ノーマル品の銃撃音は酷く軽く聞こえる。尤も、居場所を特定され易いだとか様々な面から見ると、そこは一概にどちらが良いとは言えないものだろう。
「一度大雑把に説明したけど、俺のカスタマイズは主に威力回りの強化と、それに耐えうる耐久力を持たせるための部品交換。後はノーマル品ではバラツキの大きい精度面の改善がメインだ。ただ、その分ノーマル品と比較してかなりの重量増になっている。けど、より実銃に近い重さに仕上げてあるから、こっちの方がフィーリングはいいはずだよ」
 テーブルの上のノーマル品の横に泰治カスタムを並べると、泰治は射撃場を俺へと譲るように後にする。いいや、俺へと譲ったのだ。その二挺のガスガンに触れて、性能を直に確かめる必要があるのはこの俺だ。
 ノーマル品を手に取り身構える俺に「待ってました」と言わないばかりに泰治が説明を続ける。
「さっき威力回りの強化をしていると言ったけど、それは結果的にそうなっているだけの話で、強化にはどちらかというと飛距離を伸ばす意図がある。カスタム品はこの強化をガスの充填量を意図的に増加させることで対応していて、ノーマル品よりもガスの消耗が激しいという欠点がある。覚えて置いてくれ」
 大雑把にガスの残量を確認できるサイドの残量灯を確認してみる。けれど、泰治が数発撃っただけでは明確に違いを見て取れるほどの消費量の差はないようだ。
「ガスはカプセルタイプの市販のものを使用してくれれば良い。つまみを緩めてサイドにあるこの穴に挿入すると、自動的に圧縮ガスが装填される仕組みになっている。ノーマル品なら、カプセル一個で大体マガジン三つ分だ。カスタム品ではノーマル品で撃てる弾丸数の、大体七割程度で空になる」
 泰治から基本的なガスガンの使用方法と注意点について聞きながら、俺は一通りノーマル品と泰治カスタムの撃ち比べをした。その相違を感じ取るのに、マガジンに装填した弾丸を使い果たす必要はなかった。威力、反動、命中精度どれを取っても泰治カスタムはノーマル品を上回る高いレベルにある。特に、微妙なチューニングから来る全体的な扱い易さの向上にはさすがと言わざるを得ない。銃に詳しくない俺でさえ、その違いを明確に感じ取ることができるぐらいだ。
 正直、俺は二つの事実に対して驚きを隠せなかった。一つはチューニングでここまで変化を体感できること。二つ目はそのチューニングを施したのが泰治という余りにも身近な悪友だということだ。
 射撃場を後にすると、店員・坂戸が「待ってました」と言わないばかりに声を掛けてくる。
「持ち込んだカスタム品。かなり良い音してたみたいだけど、どうだった?」
 それは商品購入に意欲的な客を逃すまいとする態度というよりかは、純粋に好奇心からの質問という風だ。「どうだった?」という質問内容はどんな風にも受け取ることができたけれど、恐らくそこに深い意味など無かっただろう。それは全体的な寸感を聞いたに過ぎず、店員・坂戸には特定の事柄について深掘りするような態度はない。
「ノーマル品もあちこち改良を施してきているみたいですね。発売当時は強度ばらつきが大きくて、どうしても精度が出なかった弱点が大きく改善されてる印象ですね」
「はは、惜しげもなくチューニング仕様を市場に投入する改良を厭わないメーカーだからねぇ。やることはやってきているんじゃないかな。まぁ、今回購入してくれるにしろ見送るにしろ、今後ともぜひウェイバースリントン黒神楽店を御贔屓に。僕の名刺も受け取って欲しいね。注文あればチューニング用のパーツから各種特殊用途の砲弾まで取り揃えるよ。インターネットで見付からないようなものも、独自のルートを駆使できるしね。但し、お値段は要相談」
 店員・坂戸がコマーシャルメッセージの間に差し出す名刺を受け取らない理由はなかった。何より、いざ検討するという段階になって「ああだこうだ」と横合いから口を挟まない対応には素直に好感が持てる。
 尤も、このまま泰治に洗脳されて、この場所へ足繁く通うような変化が俺の中で発生しないことを祈るばかりだ。
 泰治は店員・坂戸に会釈をしてその場を離れると、まるで吸い込まれるかのように俺の手を引きガスガン売り場の奥へと足を向けた。そして、マシンピストルが陳列された一角で足を止めると、俺に向けて別の選択肢を提示する。
「カスタム品とノーマル品の試し打ちをした後に言うことじゃないかも知れないが、同じ値段を出すつもりならマシンピストルのノーマル品を購入するっていうのも一つの手だ。威力や飛距離は大幅に落ちるけど、当初言規が列挙した使い方を想定するならジェリコに拘る必要はない」
 泰治自身「先に気付いて然るべき」という思いがあったからかも知れない。そう提案を口にした泰治は申し訳なさそうな顔だった。しかしながら「今更」と前置きした内容は、より当初の要求に見合うものがあることを俺に気付かせて、且つ俺の選択肢を大幅に増やす内容だ。歓迎するならともかく、今まで気付かなかったことを攻める道理などない。
 マシンピストル群をぐるりと見渡して、確かに「そういう手段もあるな」と思い始めた矢先のこと。
 泰治は眉間へ皺を寄せる渋い顔をした。それは泰治が何か良くないことに気が付いた時に見せる顔だ。
 過去度々その表情を実際に目の当たりにして来た身として、程度を予想させて貰えれば今回の不測の事態はさほど大きな問題ではないと判定できた。しかし、そんな俺の予想に反して泰治がボソリと呟く言葉は、意気揚々と検討していた俺へ冷や水を浴びせるに足る内容である。
「駄目だ、……ここでは買えない」
「どうして?」
 俺は掴み掛からんばかりの勢いをまとってその理由を尋ねた俺に、泰治は俺の耳許に顔を寄せ小声で答える。
「世の中には年齢制限というものがあるんだ。それを完全に失念していた。ここだけの話、ゴム弾を撃つことのできるガスガンは全て、俺達ではその年齢制限に引っ掛かる。身分を詐称できるものもない」
 泰治の視線の先には「ガスガンの利用・購入に関する注意事項」と書かれた張り紙がある。
 自然と、俺の視線は泰治カスタムへと落ちた。
 購入できないはずのものが、どうして泰治の手によってカスタマイズされているんだ?
「だったら、これはどうやって手に入れたんだよ!」
 泰治は「痛いところを突かれた」という顔だ。そして、唇に人差し指を当てて見せれば「それ以上深いところは尋ねるな」と、その態度で要求する。「秘密」というわけだ。いいや、ここでは話せないという言い方の方が適当だろうか。
 誠育寮へ帰ってからなら「実はこんなことやってました」とあっさり自白するだろう。
「まぁ、相場は解っただろ? どうする?」
「泰治のカスタム品を譲って貰うことにするよ」
 俺の返事を聞いた泰治は、さも「当然の判断だな」という納得顔だった。カスタム品の銃身を掴んで俺へと差し出すその泰治の表情には、自身が手を加えたカスタム品に対する確固たる自信が見え隠れもする。尤も、そこには「手荒に扱うことは許さない」といった強い意志も見え隠れする。
「手の掛かった愛着あるスペシャル品を譲るんだ、大事に使ってやってくれよ。特に、手入れだけはしっかりな。分解掃除の仕方、分解後の組立のやり方も今度きっちり教えるからな!」
 手入れに関しては今後何かことある毎に話を振られる予感がした。自身の手を離れたはずのカスタム品に対する泰治の愛着を前に、少しだけ「早まったかも知れない」と思ったのは内緒だ。ともあれ、俺が疲れた顔で頷き「了解」の意志をそこに示すと、カスタム品の取扱に関する話は収束した。
 泰治はウェイバースリントン黒神楽店ガスガン売り場付近をぐるりと見渡し有樹の姿を探す。
「さてと、有樹の姿が見えないけど、まだ一階で妖しげなものを物色しているのかな」
 後で行くと言った有樹と入れ違いになる可能性を考慮して、俺達は三階二階と改めてウェイバースリントン黒神楽店内を物色しながら一階へと足を向けた。付き合いが長いとはいえ、まだまだ有樹の全容を把握できているとは思わない。ウェイバースリントン黒神楽店の三階や二階に、有樹の興味を惹く何かがないとは言い切れないのだ。
 しかしながら、当の有樹はまだ一階層で物色を続けている最中だった。しかも、商品棚に視線を走らせる有樹はまるで、憧れのヒーローでも前にしたかのような輝く少年の目をしている。
「おお、泰治! ここは凄いな。ネット通販でしか見掛けなかったものがたくさん揃っている。実物を見たい見たいと常々思っていた商品を、まさかこんなところで実際に手に取って確かめることができるなんて思ってもみなかったぞ!」
 俺と泰治の存在に気付いた有樹は、開口一番ウェイバースリントン黒神楽店の品揃えを「凄い」と評した。
「俺と言規の用事で立ち寄った店だから、有樹が退屈していないようで何よりだよ」
 泰治はその態度で「用事も済んだし、店を出ようか?」という空気を醸し出す。けれど、有樹の足下に置かれた買い物籠の存在に気付いてしまえば、そんな雰囲気は一気に掻き消えた。有樹のものと思しき買い物籠には、パッと見では何だか良く解らない商品が無数に放り込まれていたのだ。
「なぁ、これから永曜学園へ赴こうかって言うのに、……まさか、これ全部買って行くつもりじゃないだろうな?」
 それはまさに「呆れてものが言えない」と言わないばかりの口調だった。
 しかしながら、対する有樹も有樹で、狼狽一つ見せることなく真っ向から力説を返す。
「事情はわかっている。けど、今入手しておかないことで、売り切れてしまったらどうする? 後で後悔することになったらどうする? そう考えるとこれらは今確保しておくべきものなんだ!」
 有樹の買い物籠へと視線を落とす泰治は、そこに積まれた商品群が有樹の主張に合致するものかどうかを確認しているのだろう。そして、一通りマジマジと買い物籠の中身を眺め見た泰治の口からは、溜息が漏れる。
「ないない、大丈夫だ。俺が保証する。万が一、後で確保できないものがあったら、俺がネットを駆使して探し出してやるよ。だから、元合った棚に戻しに行くぞ?」
 そこには露骨な態度として表に現れなかったものの、呆れたような態度が見え隠れした。言葉にするなら「またぞろ変なもの購入して」となっただろう。加えて言うなら、有樹に聞こえない音量で「どうせ、どこかの在庫処分に並んでるだろ……」と、その後にボソリと台詞が続いたのも秘密だ。
「泰治には価値が解らないかも知れない。しかしだな、特にこれなんかは、発売元がそもそも生産数を極端に少なくしていて、あちこちで売切御免の……」
 もちろん、有樹の方も簡単に引き下がるつもりはないようだ。けれど、泰治が胸を張って言い切ったことで有樹もそこに反論をし続けるというスタンスでは居られなかったようだ。尤も、よくよく考えれば、その泰治の主張に根拠という根拠はないのだけど、決め手となった部分は「ネットを駆使して探し出す」と言い切ったところだろうか。
「待った、泰治! やはり、これとこれは今買っていこう! どちらも人気急騰中の一品で、どこでも品薄なんだ!」
「こんな重量物、持ち帰りできるわけないだろ!」
 泰治に背中を押される形で渋々買い物籠の中身を商品棚へと戻しに向かった矢先のこと。店の奥からそんな二人の言い争いめいたやりとりが響き渡った。
 まだまだウェイバースリントン黒神楽店の滞在時間は延びるようだ。




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