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Seen06 -継承-


「目標は江藤隆晃(えとうたかあき)、表沙汰には名前が出て来ないがマスメディアを通じて大々的に報じられた騒動の、……いや小競り合いの中心人物だ。小物ではあるがバックにいる武器商を経由してかなりの武器を保有しているらしい」
 伏井は眼前にある千宗に対してとても楽しそうにそう説明をしていた。千宗にWalkerを冠させるからなのだろうが、伏井にしてみれば孫が成長して小学校にでも通うことになったのと、似た様な感覚なのだろう。
「今回、組織の構成員数人と側近をSPとの銃撃戦で失い我々を逆恨みしているらしい。警備が薄くなると言う情報を情報屋を通じてばらまき、それに食い付いてきた」
 千宗はそれを到底理解はしていないのだろうが、伏井のいつもとは違う真剣な態度にビッと表情を引き締めていた。一方的に続く伏井の話に対して、時折相槌を打つ様に頷きながら真剣な表情をしているのだ。
「はは、頭の回転の悪い武闘派はこれだから本当に助かるよ。千宗、一匹残らず皆殺しだ。ただの一人もここから生かしては返すな」
 キョトンとした顔をしていた千宗に、伏井同様の笑みが灯るのはその次の瞬間のことだった。


 鬱蒼と生い茂る大森林。太陽は沈み、月明かりだけが光源の……深い暗闇が森林を包み込んでいた。
「撃てッ、撃てぇッ、なにやってんだよォッッ!!」
 タタタタタタタ……タンッタンッタンッとサブマシンガンの音がひっきりなしに鳴り響く中、時折ドゴオォォンッッと言った具合のハンドガンの銃声が間を縫って響き渡っていて、やがてサブマシンガンの銃声が途絶える。
 45ACPガバメントにはサイレンサーが付いているわけではなかった。また例え、それにサイレンサーが付いてたとしても口径の大きさから言って、そこに防音の効果は期待出来なかっただろう。
 それは即ち、千宗が一発を撃ち放つたびに自分の現在位置を相手に教える不利な状況下に置かれていることを意味したのだが、実質それが千宗に取って好条件に働いていることを見抜けるものなどこの場には誰一人としていなかった。
 誰もが一見するに戦闘の素人だと千宗を見ていたのだ。それは当初はただの油断だったのだが、時間が経つに連れ恐怖を伴っていった。間違いなくサブマシンガンの射撃は命中している……けれども相手を倒すことが出来ない。
「相手は何だッ!? くたばるなら、それぐらいの確認をしてからくたばりなッ、オイッ!!」
 ザアァァー……と鳴るだけの無線から返答が返ることはなかった。無線の周波数を切り換えて、生存している先行部隊を探すのだがそのほとんどから応答が返ることはなかった。嫌な予感が頭を刺す。それはサブマシンガンの銃声が途切れたからこそなお、真実味を帯びていた。
「江藤代表。赤外線のサーチによる敵影はない、……何一つ映らない」
 それは江藤の側からも見える位置にいる先行部隊による無線の報告だった。
「状況の詳細は解らないが、少数精鋭をさらにばらけて配置しているのかも知れない」
「みーつけた」
 ガサリッと鳴ったのはその千宗の声に振り返る時に周囲の茂みを揺すった音だ。それは江藤の耳がそれをはっきりと聞き取れる程の近距離だった。いつの間にそこまでの接近を許したのか、理解は出来なかった。
「き……きさッ」
 途中まで無線に聞こえた焦燥感を伴った声も、ドゴォンッと響いた銃声に掻き消える。ゴトォッと無線が大地に落ちた音の後にはサアァァァァァ……と、操作する人間のなくなった無線のノイズだけがあり、ドサァッと無線を操作していた本人が横たわる音を最後に通信してくれる。
 ようやく暗視ゴーグルに姿を捉えることが出来た「敵」の姿は驚くべきものだった。暗視ゴーグルなど装着していない。そればかりか、防弾装備も満足に身にまとってなどいないのだ。
「迎撃準……!」
 ドゴォンッと口径のデカイ銃による銃声が響き渡り、慌てて立ち上がり声を張り上げようとした見張り役の後頭部は瞬時に吹き飛んだ。暗視ゴーグルなどなくとも、確実に弾丸をヒットさせたのを眼前に見せつけられた瞬間だった。
「たった一匹でここまで来れたのは誉めてやる、……が不用意すぎたなッ! 撃ち方構えェッッ、……言い残すことはあるか、嬢ちゃん?」
 江藤の合図で千宗を囲う様にサブマシンガンを持った連中が姿を現した。銃口を強調する様にジリジリと千宗への距離を詰めながら、連中の表情には「勝った」と言う安堵が垣間見えている。
 千宗はガバメントを身構えた格好のまま、言われた言葉が理解出来ていないかの様なキョトンとした顔を見せていた。けれども次の瞬間、恍惚を帯びる愉悦に染まった顔で千宗は口を切るのだった。
「へへへ、わたしの名前はWalker、どんな一撃もどんな障碍もわたしの進行を妨げ遮ることは出来ないよ」
 大降りな挙動を見せ、ガバメントの照準を江藤へと合わせる。瞬間、振り上げられ制止していた江藤の腕は振り下ろされて「はッ、救いようのない馬鹿だなッ!」と罵る言葉と同時にサブマシンガンの銃声が響き渡った。タタタタタタッッ……タンッタンッタンッ……と周囲を包み込む銃声は確実に千宗の全身を捉えていたが、衝撃を受け仰け反りはしたものの、体勢を崩しだけでその場に崩れる様なことはない。
「へへ……へへへ、イングラムの衝撃はもう覚えたんだよ、だから何千発撃ち込まれたって利かないんだー」
 恍惚とした表情も掻き消えることはなく、江藤を始めサブマシンガンの引き金を引いていた連中は身震いを覚えた。
 何か途轍もない違和感でも感じ取ったのか。苦渋にも似た顔付きをして江藤がガバメントを構えた。それは仰け反ったことによる照準のずれを修正しようとする大振りな千宗の挙動よりもいくらか早く、そして的確に狙った的を撃ち抜いた。
 ドゴォンッと響き渡った銃声が千宗のガバメントよりは口径が小さく、また威力も低いことを示唆したがその弾丸は千宗の二の腕を捉えていた。刹那、千宗のガバメントを握る指から力が抜けてドサッと音を立ててガバメントは草村へと転がった。ほんの一瞬、千宗は「おろ?」と声を漏らし驚いた様な呆然とした顔を垣間見せたのだが、すぐに「そうこなくっちゃ」と言った具合の満面の笑みへと表情を切り換えた。江藤の目つきが鋭く千宗を刺し、銃声が響き渡る。
 ドゴォォン、ドゴォォン!!
「何をやっているッ、とっととそいつを潰せッッ!!」
 江藤の言葉にハッと我に返った様で、千宗を囲う様に構えていた兵士が一斉にイングラムの照準を合わせた。弾丸がまだ残っている者、全て撃ち放っていてマガジンを装填し直さなければならぬ者。その双方どちらとも、その度合いはともかく混乱状態にあった。それでもイングラムを構えて引き金を引く、ここまでの判断をし行動出来たことは訓練のたまものなのだろう。相手を殺さねば殺されるのだと本能が感じたからなのかも知れないが……。
 バサァと身を翻し、千宗は江藤の弾丸を回避する挙動と共に腰に帯刀していたレアメタル製の長刀を引き抜いた。タタタタタタッッッと撃ち放たれたイングラムのダメージなど気に止めた様子もなく、千宗は江藤を睨み据えていた。
 江藤の弾丸は的確な精度で撃ち放たれてはいたが、千宗の挙動の俊敏さを正確に捉え計算出来てはいない。だから、それらは命中することなく流弾へと変わる。
「ふふ、マガジンを入れ替えるだけの時間なんて与えないよ」
 ヒュンッ、ヒュンッと風切り音が二度聞こえた時には千宗の剣撃はイングラムを構える兵士の腕を落とし、首を狩り、胴を薙ぎ払って真っ二つにしていた。不用意に距離を詰めたことが仇になったのだ。迸る鮮血を気に止める様子もない、瞬き一つせず千宗は眼前にあるものがどうなったのかを確認しているかの様だ。「がぁッッ!」「ぐぎゃああぁぁァァァッッ!!」と意味を成さない劈く悲鳴を、まるで厭うかの様に千宗は口許に灯した印象的な笑みを見せつけて、それら戦意を喪失し地面に横たわった兵士の顔面に刃を突き立て黙らせた。
「一匹残らず皆殺し、ただの一人も生きては返さない」
 与えられた任務を復唱する様にボソリと呟き、千宗は江藤への距離を一気に詰めた。想像以上、いや……その速度を千宗に始めて対する江藤が予測など出来るはずはなかった。だから、あっさりと江藤は致命的な一撃を貰ってしまった。
 ズゴッと音がして江藤の肩口から心臓部にまでレアメタルの刃は突き刺さっていた。何が起こったのか一瞬理解出来なかっただろう。しかしすぐに苦痛に顔を歪め、口から吐いた血液を垂れ流しながら、自身の身に何が起こったのかを理解する。それでも身構え銃口を千宗の額に突き付けて見せたのはさすがだと言えるだろう。
「ばけ……もの……めッッ!!」
「わたしの名前はWalker、どんな一撃もどんな障碍もわたしの進行を妨げ遮ることは出来ないんだよ」
 半ばそんなもので「こいつは殺せない」と江藤は理解しながら、けれども引き金を引かないわけにはいかなかった。この一撃は微かな希望であり、僅かな勝利の可能性である。
 大振りな挙動で千宗も手に握るガバメントを江藤の頭部に突き付ける。
 刹那、口径の異なる二つのガバメントが交差した。
 しかしながら、その主として対峙する二つの表情は対照的だった。……対照的すぎた。その後に残る結果を暗示出来てしまうほどにだ。いつの間に千宗がガバメントを拾い上げていたのかさえも江藤には解らなかった。その江藤の目に色濃く滲むものは恐怖。
「死にやがれッッ!」
 江藤が吐き捨てる様に言ったそれが合図だった。互いの頭部を目掛けて、けたたましい銃声が鳴り響く。
 ……ドゴオォォォンッッッ!!




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