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Seen05 設計図に存在しないもの


「待ってましたー孝山さん、おいたは駄目だよー」
 施設内部の喧噪とは一転、静まり返った広大な地下駐車場内に響き渡った聞き慣れた声に、孝山は一時……驚いた風な表情を垣間見せた。しかしながら、このまますんなり逃亡を許してくれる相手ではないことなど承知の上らしく、孝山は自らの感情を鼓舞するかの様に口許に笑みを灯すと威勢良くこう口を切るのだった。
「人でなしの化物が知った風な口を利く、正義は我にあり……だぞ、Walker見習いッ!」
 バッと突然の挙動で孝山が手を翳すと真横に控えていたガーディアン「高浦・山薙」の二人が銃を身構え、千宗の声が響いた方角へと向き直る。ガーディアンと言う立場上、高浦と山薙の二人は一歩二歩……と孝山よりも前を行こうとするのだが、孝山は自身の千宗対策とやらに余程の自身を持っているらしく、その声がした方へと躊躇いもなく足を進めた。
「どうした、私の首を取りに来たのだろう? 掛かっては来ないのかね、Walker見習い?」
 挑発の意味合いを込めた威勢の良い言葉で孝山が自身の首を刈る様な仕草を取って見せると、千宗は広大な地下駐車場を支える複数個の柱の影の一つから、その姿を現した。フレンチコートの様な裾の長いコートを羽織り、懐へと差し入れた右手が今まさにコートの懐から引き抜かれたところだった。
 手にするはデザートイーグル。それが身構えられるよりも早く高浦・山薙の二人は千宗へと照準を定め、そうして構え様に弾丸を撃ち放っていた。ドンッドンッ、ドンッドンッと交互に二度、総数として四度響き渡る銃声。
 その弾丸は千宗の胸元に着弾したが千宗は蹌踉めくこともなく、また大した衝撃を受けた風も見せなかった。キョトンとした顔をして千宗は撃たれた箇所に目を落としたが、ニィッと言った具合の所得顔を見せる。
「こんな口径の銃じゃ、わたしにダメージを与えることは出来ないよー?」
 高浦・山薙、両者共に身動ぎもせず銃を身構えた格好のままその千宗の動向を窺っていた。孝山だけが「見るまでもない」と、そんな具合に腕を組んで目を瞑り、千宗の身体に弾丸の影響が現れるのを待っていた。
 そしてそれは確かに訪れる。千宗はその余裕の表情を一転させると、そこに驚愕の色を灯した。
 腕には力が入らないらしい。それはブランと地を向き、デザートイーグルもその手からアスファルトへと落下する。それが千宗の意志に反してであることを、音の鳴った地面へと視線を落とした千宗の挙動が指し示していた。
「……あーー……、うー……、何を……したの?」
 自分の身体に一体どんな変化が起きているのかを理解出来ない千宗はそう口を開くと、孝山へと向き直った。一転して所得顔へと表情を切り換えた孝山は、さも満足そうな笑みを零した後で、千宗を見下げる様にこう言い放つ。
「銃撃では死なない、銃撃は利かない、そう高を括ったのが運の尽きだったな、Walker見習い」
 パチンッと右腕を振り上げると同時に指を鳴らし、それが合図と言わないばかりに孝山はこう続ける。
「撃ち殺せッッ!」
 ドガッドガッドガッ……、と全ての弾丸を撃ち尽くすまで高浦・山薙の射撃が始まる。その弾丸とハンドガンの組み合わせによる着弾の衝撃自体は千宗に取って微々たるものだとは言え、さすがの千宗もその猛攻に一度二度と蹌踉めく。
 全弾丸を撃ち放って二人の銃口がゆっくりと下を向くと、千宗はドサッと片足を付き自身の身体に現在進行中で起こっている影響の把握に未だ戸惑っている様だった。
 しかしながら改めて、そこに苦しむ素振りがないことを高浦・山薙は感じていた。多量の対Walker見習い用弾丸を撃ち込まれてなお苦しむ素振りを僅かにさえ垣間見せない千宗に、高浦・山薙の二人は険しい表情を見せ始めていた。孝山が言う様に千宗に対してこの弾丸が本当に効力を発揮しているのかを見定める基準が存在しないのだ。だからより一層、高浦・山薙の千宗を見る目つきは鋭さを増していた。微かな変化も見逃さぬ、まさにそんな蚤取り眼だっただろう。
「反応……弾……?」
 ブスブスと肉の焦げる嫌な匂いが、銃弾の撃ち込まれたありとあらゆる箇所から立ち込めるのを他人事の様に客観視しながら、千宗は誰に問うでもなくそう口にした。自身の身体の様子を確認する様に下を向き、それがただの発火系統の弾丸ではないのだと理解出来たのだろうか。
「ホローポイントを改良した弾だ。それもただ体内に残るだけではなく、化学反応を起こし高熱を発する」
 その弾丸は確かに目に見えるダメージを千宗に与えた。事実、こうやって千宗を身動き取れない状況に追い込んだのだ。けれども孝山は、だからこそもう一つの目に見える大切な事実を看過しようとしていた。それは千宗に焦りとか苦痛とか言った類の……千宗自身に危機的状況に追い詰められたと言う意識がないことだ。
 孝山はそれをただの強がりか何かだとでも判断したのだろうか?
「Walker見習い対策仕様の特別製だ。存分に苦しんで消えてなくなりたまえ」
 言葉に強い調子はない。けれどもその一方で孝山の目つきには相手を見下げる冷たいものがある。
「人でなしは人でなしらしく……な」
 千宗は何かしらの言葉を返さなかった。その孝山の目つきにある「意図」と言ったものが一体どういった類のものなのかをまだ理解出来ないこともあったし、未だ白い煙をブスブスと着弾痕から吹き上げる自身の身体は思い通りに動かせる程には回復していないことがあったからだ。だから千宗は優越感に浸った所得顔の孝山の話に黙ったまま耳を傾けていた。
 孝山は千宗を見る目つきにその見下げた色を灯したまま、様々な罵倒の言葉を千宗に向けて見せていたのだが、「ふんッ」と言った具合の含み笑いを灯した後で、唐突にその話の内容をガラリと切り換えた。
 仮初めにも眼前にある、この手も足も出せない人でなしを誕生させることに自身が関わっていたのだと言う思いが込み上がってきたのかも知れない。勝利を確信していた孝山の話がそうして千宗対策の弾丸にまで及ぶのに、そう然したる時間は掛からなかった。
「千宗、お前の設計図を見てどうやったらお前の様な化物を殺せるかをずっと思案した」
 千宗は孝山が唐突に口にした言葉に不思議そうな顔をしながら、それでも興味を引かれたらしい。その内容を急かす様に、黙っまま孝山の言葉に耳を傾けていた態度を一転、口を開いてこう問い直した。
「設計図……?」
「正確に言えば今のお前自身の雛形を記したものではないがね。……プロトタイプのものとでも言えばいいのかね? イカレタ生物工学でいかに異常回復能力を身に付けさせるかを克明に示していたよ」
 千宗は「ふーん」と言った具合の、さして驚いた風な表情を見せてはいなかった。それよりも、そんなことを自身に話し始めた孝山の意図と言うものを何とかそこから見て取ろうとしている風にも映っていた。
「確かに成果としてもたらされていた異常回復能力はこの目を疑うものだったよ。心臓を失っても脳細胞を失っても元通りに再生する、狂っている……心からそう思ったよ」
 孝山の口調に非難の調子はない。言葉にして見せた「狂っている」とは、そこに賞賛の意味合いしか取ることが出来ないものだ。だから例えそこにプロフェッサーらとは異なるどんな態度を示して見せようとも、孝山も千宗に類する存在を望んでいることが浮き彫りとなった格好だった。
「鳥谷部は人間とは成長の過程に沿った「身体の設計図」を持っていると言い、回復を統制する別の細胞があれば例え人としての形態を失うほどに壊れても設計図を参照して元通りに修復出来ると喋っていた。回復能力を統制する細胞の移植についてそう話しているのを聞いてピンと来てね。お前の全身の……ありとあらゆる場所にこの銃弾を撃ち込んでその統制細胞とやらを先に殺してしまえばお前をなんら容易く殺せることが出来ると思ったのさ」
 千宗が見せるダメージ耐性は全て異常回復能力によるものだと、孝山は推測したらしい。銃痕に血液が滲まないことも、里曽辺が何度か千宗に対して試みた脳震盪を引き起こす打撃によるダメージがなかったことも、全てそれで説明付けられるのだと語ってみせていた。
「まぁその結果は、今からこの目でしっかりと焼き付けることになるのだがね」
 千宗は「むーん」と小さく唸りながら思案顔を見せ、孝山の……自分を殺す為の見解に対してこう問い返した。
「プロフェッサーはね、その統制細胞は記憶とか人として存在する上での重要な、経験として積み重ねられたものを現時点のものでは再生出来ないーみたいなことを言ってて、回復統制細胞による計画は頓挫させたんだーって言ってたよ?」
 孝山は「フンッ」と鼻息荒く下卑た笑みを見せると、自身の確信を僅かにさえも疑うこともない。
「お前にこのプロトタイプ設計図にはない何を付加して、Walker見習いを作り出したのかまでは知らない。だが、大まかな図式と言うものは変わらないものだろう? はは……ははははは、お前がくたばる様を見て私は引き上げさせて貰うことにするよ。だが喜べ、この弾丸がお前を殺せると言う事実で、お前を作り出した技術を我々は承認することが出来る」
「……それは、どう言うこと?」
 千宗は心底不思議そうな顔をして孝山へとそう問い返した。孝山は千宗を無知で童蒙と、そう見下した目をして得意気な口調で教え聞かせる為の言葉を紡ぐ。
「解毒剤のない毒など使わない。対処のしようのない化物など作り出さない、……もしくは例え対処のしようがなくとも完全に制御が出来る。ここはそう考える連中が大半を占める世の中だ。技術水準の高さよりも実際は酷く重要なことがこう言った類の当たり前のことなのだよ」
 確信として揺らがぬ絶対的有利な状況がそんな言葉を口にさせたかどうかは定かではないが、千宗に施されている技術そのものを価値あるものと孝山が判断していることは確かであった。
「お前は掻き消える……が、お前に施された技術を元に生み出された兄弟・姉妹がこの世に生まれ出でる道は出来たと言うことだ」
 孝山のその言葉は千宗の中に存在する技術に対し、遵守するべきことさえ遵守すればプロフェッサーらがやる様に「千宗に類するもの」へと愛情を向けられるのだよと、優しく教え諭しているかの様にも聞こえた。
「……奴らは解っていない。思い通りに手足の様に動かすことの出来ない兵隊などに意味がないと言うことを。意図通りに制御出来ない化物など使い道がないと言うことを。我々自身が滅ぼすことの出来ない化物など、ただの手に余る害でしかないことを……な」
 愚痴を零す様に持論を展開し孝山は再び冷たい目をして千宗へと向き直り、こう問い掛ける。
「……身体の内から焼かれる気分はどうだ?」
「これが身体の中から焼かれる感覚なんだ、……まだこの感覚に「慣れ」ていないから全身に力が入らないよ」
 真正直に孝山の質問に答えを返した千宗の言葉が、ある種……千宗が受けたダメージの大半が回復したことを示唆していたのかも知れない。千宗が既に平常時の状態に戻ったという点ではそう言ってしまっても過言ではないのだろう。
 そして千宗はこう口を切る。言ってしまえば戦闘再開の合図などする必要はなかった。けれども千宗はそれをした。
「ふふーん、……けど孝山さんは本当にこんなものでわたしを殺すつもりなのかな?」
「まずいッ!!」
 高浦が胸元から銃身の長いショットガンを取り出し、千宗への距離を詰める。千宗は足下に転がるデザートイーグルに手を伸ばそうとしている状態で、中指の先にそれが当たろうかと言う時になって胸元にはショットガンが突き付けられた。
 ズガァッズガァッズガァァァンッッとけたたましい音が三連続で響き渡る。千宗は簡単に二メートル近く宙を舞い、後方に停車していたRV車の運転席側の側面へと落下した。ドゴォンと音が鳴り響き、衝突の影響でRV車のサイドガラスには細かな罅が走る。
「孝山様、今すぐここから離脱しますッ、Walker見習いの殺害は失敗です!」
 トンッとアスファルトへと降り立ち俯いた顔を振り上げた千宗には既に激しい戦意が灯っていて、ショットガンによるダメージなど見受けられなかった。だから高浦が声を張り上げ、孝山へと撤退の指示を飛ばすのだった。
「うー……、これぐらいの感覚にすぐ適応出来ないから里曽辺三等陸佐にもプロフェッサーにも銃を扱う才能がないとか言われるんだよー!!」
 千宗は未だ思う様に動かない、力の入らない自身の身体に対する不満をそう言葉で表現すると不機嫌そうな表情をして立ち上がる。蹌踉めく様に体勢を崩しながら顰め面をして踏み止まって、千宗は高浦……そして孝山の位置確認をする。突進をする様に身体を前のめりにする千宗は、右手をコートの左腰辺りに置いて手刀でも切ろうかと言う格好だ。
 その意図の不明瞭な千宗の動作に警戒しながら、再度千宗への距離を詰めようと前に出る高浦は、けれどもヒュンッと鳴る風切り音に咄嗟に反応しショットガンの銃身で防御態勢を取った。それが功を奏して、広大な地下駐車場にはカーンッと一つ耳障りな金属音が響き渡る。
 千宗はレアメタル製の長刀で振り抜き様に斬りつけていて、高浦はほぼ鼻先数センチの位置でショットガンの銃身によりそれを受け止めた格好だ。もしも千宗が発火弾によるダメージが尾を引かないベストの状態だったなら、高浦がこうやって凌げたかどうかは解らない一撃。
「山薙ッ、背後を取れッ、孝山様がここを離れるまで時間を稼ぐぞッ!」
「了解したッ!」
 打てば響く反応を見せて、山薙はショットガンの遊底を引きながらRV車のバンパーを踏み台に千宗の背後へと降り立った。顎をしゃくる様にして高浦へと合図を送り、山薙はショットガンを身構える。
 見るからに能力低下状態にある千宗を、高浦はショットガンを突き放す様に押し付ける格好で突き飛ばし、手慣れた動作でポケットから取り出した弾丸をショットガンへと装弾する。ショットガンによって千宗の胴体に与えたダメージが、未だ赤々しい肉が露出する形で回復していないのだ。だから、このまま撃ち続ければ何とか出来ると高浦は踏んだのだ。最悪の場合はこうしてショットガンのダメージが残るのだから、足回りに射撃を集中させ一時的に行動を不可能にさせてから、逃走を図っても良い。
 山薙はショットガンの照準を吹き飛ばされる格好で接近する千宗へと向け、指を掛けた引き金に力を込める。ギリギリまで引き付けて、千宗を捉えるショットガンの一直前上の高浦へと間違っても被害が及ばない様にする。
 ズシャッ……と肉を裂く音がした。そうして続け様、確かにショットガン三連発の銃声が響き渡った。刹那の間を置いて、ドゴオォッッと再度RV車への衝突音が響き、高浦は振り上げる様に身構えたショットガンの引き金を引けなかった。
 千宗を捉えるはずだった山薙のショットガンの銃口はあらぬ方向へと向いてしまっていた。山薙の腹部にはレアメタルの刃が突き刺さっていて、その上ショットガンの反動がRV車への激突に加速度を掛けた格好でもあった。
 千宗は自身の腹部へとレアメタルの長刀を突き刺していて、まるで切腹でもするかの様にその刃を自身の胸元まで突き上げる。グシャッと肉を裂く音がして、ビクンビクンと痙攣をする山薙の手にあったショットガンがアスファルトへと落下すると、山薙同様ダメージを受けているはずの千宗は得意満面と言った具合の微笑を見せて、高浦へと向き直った。
 自身の腹部に突き刺さったレアメタルの長刀を引き抜くと、その勢いのままビュンッと風を切って、千宗はそこに自身がまとう戦意を示しだしたかの様だった。
 RV車のサイドガラスには罅が走り、ガシャリとへっこんだフレームがその衝撃の大きさを物語っていた。千宗の背にもたれ掛かる様な体勢を取った後、山薙はズルズルと崩れて行きアスファルトへと突っ伏した。刃は心臓部まで届いたらしく、言葉にならない呻き声を漏らしながら暫し痙攣を続けていたが、やがてそれも仰け反る様な大きな痙攣を最後に、口から多量の血を吐いて動かなくなったのだった。
「くッ、くく……はは、次のWalker候補は今のWalkerに輪をかけた化物か」
 笑い声をあげながら、孝山は僅かにさえも千宗を注視する視線を緩めない。そこに想像以上の化物振りを発揮する千宗に対する恐怖が滲み出ていた。
 トンッと地を蹴り千宗が突然の挙動を取る。高浦はその挙動の俊敏さに目を見開き驚愕した。孝山が言う様に、ただ異常回復能力を付加しただけの、……それだけの相手が人の能力を超越する脚力を持っているのかと本格的にそれを疑い始めたのだ。結果として高浦は千宗に対する全ての先入観を拭い去り、千宗について何一つ情報を知り得ないのだと自身に言い聞かせた。そしてどんな相手に対しても万能に対処する、……そんな戦い方に身を置いた。
 出来る限り間合いを取って自身の攻撃のタイミングを崩さないやり方に切り換え、高浦は時間を稼ぐと言う当初の最優先事項に徹するつもりらしい。ガーディアンとして戦闘に熟達した高浦から見れば千宗の間合いの取り方は断然に程度が低かった。だから「いつも通り」にあしらってさえ行ければ、千宗に勝てずとも負けもしないのだと判断したのだ。
 ガキイィィィンッと加速度の付けた千宗が振り翳すレアメタルの刃をショットガンの銃身で受け止め、高浦は千宗のボディー目掛けた蹴りを放ち、忠実に間合いを開く為の挙動を見せる。空中で体制を整えて身軽な動作で着地した千宗は消極的な高浦の動作に怪訝な表情をしながらも、ニッと口許に灯す微少でレアメタルの長刀を構え直した。
 チラッと横を盗み見る様な挙動を見せて千宗が斜め前方にダッシュする。その方角に転がるはデザートイーグル。
 高浦は「まずいッ!」と言った具合の渋面をして、千宗に遅れてダッシュを掛ける。スピードは言うまでもなく千宗の方が二倍、いや三倍近くは早いだろうか。足を伸ばす段階まで来て間に合わないと踏んだ高浦はショットガンを持ち直し、いつでも撃ち放てる体勢を整えようとしたのだが、カーンッッ、カンッ……カンッとデザートイーグルは高浦の靴の先に当たってアスファルトを滑って行った。
 タイミング的なことを言ってそれは起こり得るはずがない結果であった。では千宗の狙いは始めからデザートイーグルなどではなかったと言うことになり、バサァッと身を翻えす千宗は今まさにレアメタルの長刀で高浦の利き腕一本薙ぎ落とそうと刃を振るう直前だった。
 ショットガンの銃口は高浦の咄嗟の反応も虚しく、未だ千宗の右脾腹辺りを彷徨っていた。引き金をギリギリまで引かない我慢の限界も……そこまでだった。ズゴオォォォンッ……と鳴り響く銃声に千宗は吹き飛ばされる。けれどもしっかりと狙った高浦の利き腕に傷の深い斬撃を加えていて、高浦にしてみれば何とか腕を持って行かれることなく凌ぎきったと言う状況だ。
 普通の人間が相手だったなら右脾腹に与えたショットガンのダメージは致命傷になり得て、辛くも高浦の勝利と言う構図だったのだが、千宗は「してやったり」と言う具合の愉悦の表情で平然と起き上がって見せていた。勢いよく傷口から吹き出る鮮血は一向に止まる気配がなく、高浦の側は動脈までも持って行かれた様だった。
 利き腕の止血点を左手でグッと締め付けて渋面を見せていた高浦だったが、起き上がった千宗がタンッタンッと身軽な挙動を取って壁際のデザートイーグルをその手に拾い上げると、観念したかの様に表情を消した。そうして止血点を締め付けていた左手を離すとその左手にショットガンを持ち替える。……もう助からないと踏んだのだろう。
「……楽しいか、Walker見習い?」
「楽しい? ……うーん。どうなんだろ、解んないや。……そんなこと聞いて、どうするの?」
「冥土の土産と言う言葉は教えて貰っていないのか? はは……、お前は地獄の底を地獄とも思いはしないのだろうがなッ!!」
 自身の気持ちを鼓舞する様に大きく歯を剥き、ヒュンッと風を切って高浦はショットガンを身構える。
 千宗は見せつける様にデザートイーグルを身構えて、そして躊躇うことなく引き金を引く。ドゴォンッと響く銃声に高浦は僅かに左斜め方向に回避をするだけだった。弾丸を完全に回避する気はないらしく真っ赤な血の滴る利き腕の、その右肩付近に千宗の撃ち放った弾丸はヒットした。吹き飛ばされるかの様な着弾の衝撃を踏み堪えながら、高浦は激痛に顔を顰める。完全に言うことを利かなくなった右腕は肩先から骨を持って行かれた様だった。
「けッ、マグナムが好きならリボルバーでも使ってりゃいいものをよッッ!!」
 貫通力の高いリボルバーのマグナムだったなら、デザートイーグルで食らう様な衝撃に足を止めることもなく千宗目掛けて一心不乱の前進に専念出来たことだろう。但しこれがリボルバーだったなら、弾丸は確実に右肩を貫通しただろう。ただ高浦の目的が千宗の後頭部に銃口を突き付けての「せめて一太刀」である以上、その貫通よりもこのデザートイーグルの衝撃に足を止めたことの方が痛手であるのだった。
 高浦は千宗のデザートイーグルの二発目の回避が厳しいことを悟って、不本意ではありながら至近距離とは言えないこの位置で千宗目掛けてショットガンの引き金を引いた。デザートイーグルの衝撃に僅かに蹌踉めいた千宗が、高浦の心臓を狙った一撃の……その引き金を引く前に。
 ズゴオォォォンッッ!!
 ……高浦の聴覚にカツンカツンとアスファルトを歩み寄ってくる靴音が聞こえていた。背中に冷たいアスファルトの感触を感じる横たわった体勢のまま身動ぎ一つせず、見下ろす格好で立つ千宗の顔を高浦は睨み付ける。
「Fucking bitch!!」
「……何それ?」
 言葉の意味を理解出来ない千宗の受け答えに、高浦はこれ見よがしの大声を上げて笑って見せて、こう言うのだった。
「はは……はははッッ、……くたばれ雌豚ってことだよ」
 凄味を利かせて見せると千宗の表情はすぐに切り替わる。瞬時に込み上げる何かを感じて、千宗は引き金を引いていた。……ドゴォンッ、ドゴォンッ!!
 頭部に二発弾丸が撃ち込まれ、高浦の頭部は原型を留めてはいなかった。
「……」
 千宗はムカムカする感情に囚われながら、複雑な思考を展開させていた。「さも可笑しくて堪らない」と、死ぬ間際にあってそんな具合に嘲笑されたのも初めての経験であり、またそうやって圧倒的有利な立場にありながら罵られたことも初めての経験である。その感情が「怒り」に類するものだとは分かりながら、より発展した「敵意」だとは認識出来なかったことがその尤もたる理由だったが、千宗は衝動に駆られるままもう一発デザートイーグルの引き金を引こうかと葛藤を見せていた。
 攻撃をする為の武器でもう自分には害を為さない肉片に、弾丸を撃ち込む理由は見付けられない。しかもその弾数は限られたものであり、まだ獲物を追う状況にあって無駄弾は使えない。だが、そうでもしないとその衝動は収まりそうにもないことを千宗は理解していた。結局、脳髄をぶちまけて原形を留めていない高浦だったものをグシャッと踏みつけて、アスファルトにこすりつける様……踏み躙った後で、千宗は孝山追撃の為に足の向きを変えた。
 そこには不機嫌な千宗の表情が残っていた。


「くそッッ、地下駐車場の災害時用封鎖隔壁は残り三つもあるのかッ? 加速を付けて突き破れないのかッ?」
 孝山の表情には焦りの色しか窺えなかった。孝山はセダンの後部座席から身を乗り出す格好で、そのセダンの運転手へと問い掛けるのだが、運転手から望む答えは返られない。
「これは耐圧仕様の隔壁ですよ。軍用ジープでもない限りはそう上手くは行かないでしょう」
 運転手はコンソールに視線を落とし操作を続けながら、孝山の言葉に一つ一つ丁寧な返答を返していた。
「いちいちパスワード入力をして手動解除をしていたんでは間に合わんぞッッ!」
 孝山へと向き直って口を開こうとした運転手だったが、唐突にドゴォォンッと広大な地下駐車場内にこだましたマグナムの銃声に、次の瞬間……頭部を失い人形か何かの様に宙を舞った。ビシャッと血飛沫がコンソール一帯に飛散し、一瞬状況判断に困惑した孝山だったがそこに千宗の声が響き渡ると激しい怒りを灯して見せる。
「もう手遅れだよ、孝山さん」
 ドサァッと運転手だったものがアスファルトに横たわる音がした。
「この弾丸凄いんだねー孝山さん、まだ完全に感覚が戻らないんだよ? 本当に凄いよー」
 孝山がバックミラー越しに姿を確認した千宗はセダンへとゆっくりと歩み寄ってきながら、左手を握り締めては離し……握り締めては離しして、自身の感覚というものを確かめている様だった。
「ふふー、……わたし対策の為に作ったんでしょー、凄いよ、効果抜群だよ」
 そこに何を嬉しそうな表情を見せる要因があるのかは解らないながら、千宗は楽しそうな嬉しそうな表情をしている様にも見えていた。それが孝山の表情を激しい渋面へと変化させたことは言うまでもないのだが。
 高浦・山薙との戦闘で負った傷は未だ完全修復はしていない。孝山の弾丸による銃痕もくっきりと残っていて、千宗の顔には一円玉ぐらいの赤い肉が見える穴が複数窺える。千宗が孝山の弾丸を賞賛するのも尤もだっただろうか。
 バンッと後部座席のドアを閉め、孝山はセダンの中で運転席へと移ろうと身を乗り出す。千宗はそんな孝山の行動を知ってか知らずか、ともあれ歩行速度を緩め逃げ場を失った孝山を迎え撃とうと言う考えらしい。
 セダンはウオォォォンと一度エンジンをふかした後で、ギュルギュルとハンドルを切った状態でバックをし、千宗と対峙する形で制止する。カチッとライトを付けて、孝山はそれをハイビームへと切り換える。……続け様に孝山がアクセルを踏み込み、セダンは千宗目掛けて急発進した。
 運転席に座る孝山へと千宗がデザートイーグルを構えるが、孝山はハンドルを切らない。デザートイーグルの引き金が引かれ、ドゴォンッと銃声が響くも対するセダンのフロントガラスにはガゴォンッと鈍い音が響き無数の罅が走っただけだった。防弾ガラス仕様のセダンはスピードをさらに加速させ千宗への距離を詰める。
 その接近によってなんら冷静さを失わない千宗と、切羽詰まった形相でセダンの運転に集中する孝山との勝負はその時点で決してしまっていたのかも知れない。それも人間の能力を超越する速度で行動出来る千宗が、その突進を食らうかと言えばその確率は低かのだ。ドゴォンッ、ドゴォンッと立て続けにデザートイーグルを撃ち放ち、その度にドゴッドゴッとフロントガラスは軋む音を立てていた。
 千宗はどうやらその射撃で防弾ガラスを粉砕出来るとは考えていない様だ。それぞれの弾丸が着弾した箇所はフロントガラスの運転席部分からはかなりずれた場所であるのだ。銃口を降ろすと、ヒュンッと風切り音を鳴らしてレアメタルの長刀を構え直す。
 千宗はトンッと真上に飛ぶと猛スピードで突進して来たセダンの屋根へと降りる。ダンッと天井で音がするのを理解する孝山は直ぐさま急ハンドルを切って、千宗をセダンの屋根から振り落とす。キイイィィィィッッとブレーキと急ハンドルによるものだろう音がして、セダンは大きくケツを振ってスライドするかの様に一回転する。
 セダンの屋根から抵抗することもなく放り投げられた千宗は天地が逆さまの状態で、それも利き腕にデザートイーグルを構えぬ不慣れた射撃を試みた。それが運良くもほぼ狙い通り横滑りするセダンの後輪タイヤにヒットするのだから、天は孝山を見放したのだろう。
 セダンにはかなりの加速度が付いていた。後輪を失ったことで横滑りの進行方向は大きく楕円を描く様にずれて行き、ドガアアァァァンッッとけたたましい音を響かせて、地下駐車場の支柱へと衝突した。
 衝突は運転席側、……それもフロント部分からだった為に、その運転席にいた孝山にも大きな衝撃があったはずなのだが、セダンは未だギユュウウゥゥゥンと唸り声を上げていた。未だ孝山がアクセルを踏み続けているのだろう。そうして次の瞬間、セダンは急発進する。
 パンパーはがしゃりと凹み、また弾丸の衝撃には強いはずの防弾ガラスも無惨にあちらこちらが欠け始めていて、もうその防弾と言う役割を果たすのは難しい様に見える。
 振り落とされた千宗がわざわざセダン真正面の直線上へと行くと、孝山はさらにアクセルを踏み込んだのだろう、エンジン音が上がった。そうして千宗は見せつける様に身構えるデザートイーグルの照準を、無惨に罅の走る防弾ガラス越しの孝山へと取るのだった。マガジンの残弾数は一発。
 ガシャアアァァァンッと防弾ガラスが飛び散る音が響く。千宗は未だデザートイーグルによる射撃の反動に慣れていない様で小さく仰け反っていたのだが、弾丸は孝山の頬へと命中し頭部を貫通したのだった。
 着弾の衝撃にドンッと座席にもたれ掛かると、ハンドルに突っ伏す様に倒れ込み「パアァァァァッッッ」と地下駐車場にはクラクションの音が鳴り響いた。孝山の突っ伏したハンドルは少しずつ切れていったらしく、千宗直撃コースから少しずつセダンはずれて行き、遙か前方の壁にけたたましい衝突音を響かせて、セダンは大破した。


 孝山が起こした反乱から三時間が経過した。施設内部は名護谷の指揮する「掃除屋」と呼ばれる連中によって後処理が続けられていて、珍しく里曽辺は施設外部の一般車輌用の駐車場で月を眺めていた。
 空には満面の星空が広がっていた。この施設に無用な注目を集めない為だろう、照明も数が限られていてその光量も少ない為に、星空は壮観な長めだ。
「民間航空機を撃墜、密航船により国内に侵入した国際犯罪組織グループを殲滅」
 千宗は里曽辺の横で大人しくその話を聞いていた。千宗が里曽辺にそれを問い掛けたからかも知れなかったが、例え千宗にWalkerについて問われずとも、里曽辺はその話をしたのだろう。
「果ては原子力発電用途プルトニウムの不正輸出の防衛……。そして俺はそれがわざわざ傀儡の一民間会社を設立して、政府関係の人間が行ったことを知っている」
 里曽辺は「兵器」ではない。意志がある。そして不幸かな……それが過ちだったかも知れないと立ち返ってしまった。
「俺はあまりにもたくさんのことを知り過ぎている。はは……これが終われば消されるかも知れんな」
「消される?」
 自嘲気味の里曽辺の言葉に千宗は怪訝そうな顔をして問い掛けた。
「お前はそんなことも知らないのだな、……殺されると言うことだ。くく、こんなことをお前に話したところでどうしようもないのに詰まらない話を聞かせたな」
 千宗は恐らく理解をしていないながら、里曽辺への配慮から首を横に振って詰まらなくはないと否定をしていた。里曽辺に取ってそれは酷く笑える光景で、だから……また自嘲が顔を出すことを予測するのはそう難しいことでもなかった。
「Walkerを始めた俺が、次の「Walker」へと全てを伝えなければならないなんて馬鹿げた規則もないはずなのに、口を開けば話してもしようのないことばかり、後悔ばかりが突いて出る」
「んー、吉前(よしざき)さん?」
「……立ち聞きをするつもりはありませんでした」
 千宗が唐突にあらぬ方向へと向き直り、名前を呼んだ方角からは見知らぬ男が姿を現した。けれども、その声を里曽辺は覚えている。それはいつかプロフェッサーと千宗に関して言い争いをしていた聞き覚えのない男の声だった。
 最初は申し訳なさそうな顔をしながら、けれども次の瞬間には意志の強い……恐らくその顔でプロフェッサーに食って掛かったのだろう険しい顔をして、吉前と呼ばれた男は里曽辺へと向き直った。
「しかし、里曽辺三等陸佐の話を偶然にも耳にして一つだけ言っておきたいことがあります。あなたは英雄だ、里曽辺三等陸佐。例え闇から闇へと葬り去られることだけに従事してきたのだとしても、この国の為に働いた功労者を間違ってもこの国が処分するなんてことがあって良いわけがない」
 千宗は吉前にただならぬ気配でも感じたのか、里曽辺と吉前を交互に見ていた。そんな千宗に対して、千宗がこの場にいると話しにくいのだろう、吉前はこう口を切る。
「プロフェッサーが呼んでいた。急ぎの用と言うわけではなさそうだったが、行って来た方がいい」
「プロフェッサーが呼んでいるの? ふーん、何だろ? ……ちょっと行ってくるね、里曽辺三等陸佐?」
 それが事実なのかどうかは里曽辺には解らなかったが千宗の問いに里曽辺は小さく掌を見せ了解の意を示す。千宗がこの場から去ってしまうと、重い雰囲気が里曽辺と吉前の周りを漂っていた。そして、先に口を開いたのは吉前だ。
「あなたと顔を合わせるのは初めてですね、里曽辺三等陸佐。私の名前は吉前邦志(よしざきくにゆき)と言います、肩身の狭い国家安全保安局の安月給取りですよ」
 吉前はまるでそこに千宗がいないことを確認するかの様に、千宗の歩み去った後を目で追って見せた。
「あの娘……、国見千宗と言う名前が付いたんでしたかね。……千宗の誕生に関わった一人です」
 小さく肩を竦める様にしながら、吉前は里曽辺へと握手の為だろう手を差し出した。里曽辺は吉前から差し出されたその手を握り返さずにその目を見据えたまま、いつか浦野にも向けた質問をぶつけた。
「良心の呵責はないのか? わざわざ人でなしの化物をこの世界に送り出したと言う……良心の呵責だ」
 吉前は手を差し出した状態のまま、黙り込んで里曽辺を見ていた。
「それも「人智を越える」ではない「人でなし」の化物をな」
 里曽辺が言葉を続けるとようやく吉前はその手を引っ込め、里曽辺の問いへの答えを口にする。
「あれには申しわけないがこちらも手段を選んでいられる状況にはないんですよ。人智を越える化物を殺す為にはより以上の人でなしの化物が必要だ」
 里曽辺は吉前がプロフェッサーと口論じみた会話をしているのを聞いてしまっている。だから吉前が「人智を越える化物」に対する抑止力として千宗を求めていることを理解する。
「何者にも対することの出来る抑止力を必要とすると言っていたな?」
「そうですね、……ええ、その通りですよ」
 吉前もあっさりとその里曽辺の問いをそうだと肯定する。では、吉前が千宗を作り出そうとした目的は明確に決まった様なものだ。そこで里曽辺は新たな疑問を抱くのだ、吉前が想定する「人智を越える化物」とは何なのか……と。
 その問いを吉前にぶつけるよりも早く、吉前は続ける言葉でこう口を開いていた。
「はは、正直な話をすれば……あらゆるものに対して抑止力になることの出来るものが制御など出来るはずはないんです、千宗にしてもそうだ……完全な制御など有り得ない」
 そこには一種の矛盾が生じる。完全な制御など出来ないのだと理解しながら、自身も脅威となるものを生み出すのならば、それは抑止力となると同時に副次的な様々な問題を抱えることになるからだ。
「ならどうして化物を必要とする? ……本心を言えば、俺は人を殺して英雄になれる時代は終わったとも考えている」
「そうとは思いませんね、まだ人を殺して英雄になる人間は必要とされなければならない。まだそれが必要とされる時代は終わっていない、いいや……私はこれからそんな存在の意義が増加する傾向にあると考えている。無論、英雄が欲しいのだと考えているわけではないですよ」
 反論は間髪入れずのものだった。余程それは違うと言う否定の気持ちが強かったのだろうが、そこにプロフェッサーと口論じみた会話をしていた時の様な荒々しさはない。安藤が笑い飛ばして相手になどしなかった様に、吉前も里曽辺の言葉をきっぱりと否定してこの話を終わらせた。
「……あんたは名護谷祐一、伏井明司とも異なる意図を持って国見千宗と言う化物を作り出した、……違うか?」
 明らかに里曽辺にはこの吉前邦志と言う人間が持つ意志と言うものが、他の連中とは異なると思っていた。プロフェッサーが言った様に自身の正当性を妄信しながら、より深い何かを持っていると里曽辺は直感していた。
「……目先の利害が違う以上、意図が同じと言うことは有り得ない話ですよ、里曽辺三等陸佐。しかし最終的に我々が望むものは全く同質の一つのものだ。私利私欲に走るもの、また考えが異なるものは次第次第に顔を出し、そしてそれは我々の手によって排除されていくでしょう」
「孝山克の様に……か」
「彼は私利私欲に走ったわけでもなく、また考えを我々と異ねるものではありませんよ。彼はー……ただ臆病者だっただけです。……何から何までこちらの意図通りに動くものしか信用・信頼出来ない」
 言葉を選んで見せた様は今は亡き孝山に対する吉前なりの心遣いなのだろうか。その内容は少なくとも孝山に対して、配慮があった風な感じを受けなかったが、だからこそ孝山の本質を言い表しているのだと理解出来る。
「実際の世界に置いてそんなものが一体どれだけあると言うんです? ……とは言え彼の考え方までを否定する気にはなれない、彼は自身の考え方を貫くことでここまで来たんですからね。しかし彼は根本的なことを間違った。こともあろうに計画を潰そうと考えた。いや潰そうとしたでは言葉が悪い、この計画の障碍になってしまった、……そんなことになってしまった以上、孝山さんを処分すると言う決断は翻しようがない」
 吉前はそこで一度言葉を句切る。ただ話を切り換える為だけそうしたのかも知れないし、改めて里曽辺の険しい表情を見返す為にそうしたのかも知れない。そうして吉前はこう里曽辺へと要求を突き付ける。
「千宗をあなたの様な本物の「Walker」として育て上げてください、里曽辺三等陸佐。出来得る限り万能な、……抑止力となる様に。仮初めの、歩き方を知らない「Walker」では、役不足と言わざるを得ない」
「人でなしの化物でさえ役不足か? ……不死身に近い化物でさえ役不足か?」
 吉前は小さく首を横に振って、その里曽辺の批判が見当違いのものだと否定した。
「恐らく私の考えは里曽辺三等陸佐、あなたのものに一番近い。……意志が必要だ。なぜここに生まれて、自分が何をするべきなのかを理解する。引いてはどこに辿り着きたいのかを理解する」
 何かしらの言葉を返さない里曽辺に対し、吉前は里曽辺に期待を掛けているという科白を付け加えてこう言い直した。
「千宗が兵器で終わる存在であってはならないと言いたいのですよ。……千宗が私の望む成果に成り得ることを心から懇願しています。そしてそれは恐らくあなたの手に掛かっているんだと私は思っています、里曽辺三等陸佐」
 達観したかの様な言葉をさらに付随させ、吉前は里曽辺に対して自身の見解を述べていた。里曽辺のものと一番近いと言った通り、吉前のその言葉には里曽辺が頷ける要素が多量に含まれている。
「兵器は簡単に使われる人間を変える。なぜならばそこに意志がないからだ。所信がなければ大義などない。あなたの言う通り化物には意志が必要だと私も考えています。例え狂ってしまっていようとも、……狂っているのならば狂っているなりの意志を……ね」
 不意にクルリと吉前は里曽辺に背を向け、顔だけを里曽辺へと向ける格好で去り際の言葉をこう口にした。まるでそれが切なる願いだと言わないばかり……。
「……千宗をWalkerに。ただ銃撃ではくたばることのない陳腐な化物から、本物の……Walkerに」
 兵器ではない「Walker」の意味を、少なくとも吉前は理解しているのだろう。そして自身が正しい道を歩き続けるのだと確信しているのだろう。
 地獄を歩いて狂った化物になった里曽辺は、次の狂ったWalker候補に勲章を譲り渡すまでは歩き続けなければならないらしかった。吉前のいなくなった満天の星空を天井とする薄暗い地下駐車場で里曽辺は口を開く。
「一度狂ってしまったのなら正気に立ち返ることなく、一生狂ったまま歩き続けることだ」
 ここにその言葉を向けるべき千宗はいない。……千宗は意志を持って、もう狂ってしまった。実質、今日の一件は千宗が「Walker」を冠したに等しい出来事だ。例えそれが公的でなかろうと、正規の手続きを踏んでなかろうと……だ。
「過ちに気付くことがないなら、それよりも幸せなことはない。……例えどんな批判に晒されようとも常に自身の正当性を懐疑することなく、狂ったままで最後まで歩き続けられるのならそれ以上の幸せなどない」
 願うは立ち返らぬこと。兵器ではなく意志を持つのだから、所信を持ち歩き続けることが出来る。
「過ちに気付きながら、それを隠し自身に嘘を付き続けながら過ちを犯し続けることより困難なことはない。願わくば、お前が狂い歩き続けられる「Walker」であることを願うだけだ」




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