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Seen12 送り届けられた忘れもの


 俺が目を覚ました場所は地元にある大学病院だった。そこには俺や仁村同様、原因不明ながら目を覚ますことなく眠り続けている高校の同級生が数多く入院していて、その中には淀沢村で顔を合わせていた須藤の姿もあった。
 恐らく、原因不明で眠ったままの高校の同級生達は、みんなあの淀沢村に居るのだろう。
 俺と仁村は高校で突然倒れた集団の中の一人で、そのままこの大学病院に担ぎ込まれ入院という形になったらしい。倒れた日から換算して、眠り続けていた日数は約一ヶ月。俺が認識している淀沢村の滞在日数とは異なるので、やはりここと淀沢村で同じ時間が流れているわけではないのだろう。
 そして、何が原因となって淀沢村に迷い込んだか。結局それは解らなかった。
 高校で俺が倒れていたという場所に立ってみても、その当時のことは何も思い出せない。
 淀沢村から戻ってきた後、俺は二日遅れて退院した仁村と会い、淀沢村で共有した時間の認識合わせを試みた。俺と仁村の記憶はピタリと合致し、淀沢村という世界が夢幻ではなかったことを俺は再認識する。けれど、悪く言えば「再認識した」だけだった。「何らかの理由で同じ夢を見ていた」と言われ続けてしまえば、いつか「淀沢村という世界は夢だったのかも知れない」と思っただろう。
 けれど、淀沢村が夢でなかったことを証明する決定的な出来事が起こる。
 こちらの世界での日常を徐々に俺が取り戻し始めたある日のこと。夕暮れ時に、高校から帰宅した時のことだ。
 自宅の玄関で靴を脱ぎ、喉の渇きを癒そうと足を向けたリビングで母親に言われた。
「堅一。今日あんたが居ない間に、あんたの忘れものを届けに来た子がいたわよ。玄関にそのまま置いてあるから、自分の部屋に持っていってしまって」
 忘れ物とやらに心当たりはなかったけれど、俺は深く考えることなく玄関まで足を向け、それを手に取る。それは白い布にくるまれた長方形の物体だった。
 そして、手に取り持ち上げた瞬間のことだ。俺はそれをどこかで同じように持ったことがあると気付いた。
 白い布を丁寧に剥ぎ取っていくと、そこには淀沢村で野々原から手渡された絵が姿を現す。草央線の淀沢村駅跡で、野々原が俺に「持っていて欲しい」と言ったあの絵だ。
 最初は誰かが悪戯で模倣したものだと思った。けれど、どこの誰が淀沢村で見た絵の中身を知っている?
 そして、その絵には淀沢村で目の当たりにした色遣いや野々原の癖がそっくりそのまま存在していた。
 まざまざと思い出すものは濃緑の大海原に、そこに点在する誘漁灯のような外灯群。
「母さん! そいつ、どんな格好してた? どんな奴だった? なんて名乗った?」
 俺は慌ててリビングまで行くと、忘れものを届けに来た相手について母親へ尋ねる。
「名前は名乗らなかったわよ。それに、この辺りじゃ見掛けない制服に身を包んだ女の子だったわねぇ。でも、礼儀正しくて可愛いらしい子だったわ」
 しかしながら、淀沢村という世界を抜け出て、この絵を届けに来たのが誰だったかを特定する情報を母から得ることはできなかった。母からいくつか列挙された訪問者の特徴というものも、倫堂以外の誰にでも当て嵌まると思えるようなものばかりだった。
 倫堂だったのか。
 それとも、それ以外の番人や案内人といった肩書きを持った誰かだったのか。
 ともあれ、俺は再会の約束が実現するだろうことを確信する。
 そいつが「例外」であったかも知れないけれど、淀沢村という世界を抜け出て、こちらの世界を尋ねることができるものがいるのであれば可能性がないとは言えない。いいや、若薙や倫堂ならば、積極的にその後押しだってやり兼ねない。
 淀沢村という世界を共有したものの全ては、そう遠くはない未来、こちらの世界で再会するだろう。




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