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Seen03 行動指針と起脈システム(上)


 正威と萌が主窪峠で起脈石を破壊してから、ほぼ丸一日が経過しようとしていた矢先のこと。正威と萌は主窪峠の異形によって嶺伏ヶ岳山中にある神社跡へと呼び出されていた。
 広義で見れば、主窪峠も嶺伏ヶ岳山中の一部だと言うこともできるが、二人が呼び出された神社跡はもっと市街地寄りの場所である。尤も、市街地寄りと言ってしまうと聞こえは良ものの、位置的には主窪峠から西に約30km近く離れた場所であり、呼び出されたからと言って「はい、行きます」と簡単にことが運ぶ場所ではなかった。
 そして、市街地寄りという安易な言葉に濁されてしまうのだが、実際には地方都市の外れに位置する住宅街から「徒歩でアクセスできる」とかいった類の立地でさえない。主窪峠寄りかはいくらかアクセスがマシだとは言え、山中に位置しているということは変わらず、国道・市道から外れた起伏のある林道を進まなければならないような場所だった。
 それでも、正威と萌にはそこへ足を運ばざるを得ない理由があった。
 インターネット上で提供されるルート検索機能の予定到着時刻を大幅にオーバーすること既に三十分弱。正威と萌の二人は道なき道をただただ突き進んでいた。いや、道なき道といってしまうと語弊があるのだろう。実際には舗装の為されていない砂利道ではあるもののしっかりと踏み固められた道であって、少ないなりにも人間や自動車の往来の後を見て取ることも可能な道だ。そういう意味では、樹海の中にある林道をひたすら突き進むという代わり映えしない景色ではあるが、どかには通じているのだろうという安心感はある。
 仮にそれを「道なき道」と表するのならば、それはスマホのナビ機能上での話となる。尤も、正威と萌が目的地とする建造物の位置データはナビデータには含まれておらず、近隣地域までの案内という意味で言うのならナビはその役割を終えているとも言える。
 既に「嶺伏ヶ岳山中の大凡どの辺りを歩いているのか」を確認可能というだけのGPSと化したスマホのナビ機能を終了させると、正威は一つ大きく深い溜息を吐き出して眼前の砂利道へと向き直った。その溜息からは疲労というよりも、後どれだけの時間歩き続ければ目的地へと辿り着くかが解らないという状況に対する焦りや不安が見え隠れする。
 そして、そんなうんざりとした顔色を覗かせるのは、正威よりも萌の方だった。
「いくら日常を離れ雄大な自然を堪能できますって言ったって、昨日の今日だよ? しかも、昨日はハイキングで、今日は道の悪い林道でのタイムトライアル? ほんっと勘弁して欲しいよね」
 萌の不平不満も至極ご尤もな内容だと言えたが、今回道の悪い林道をタイムトライアルする羽目に陥ったことに対して正威に落ち度は何もない。
 萌も頭ではそれを嫌と言うほどに解っている。だからこそ、正威に対する萌の当たりも強くはなかった。ただただ不満の捌け口がないから愚痴を漏らしているというだけで、そこに正威を責める調子は介在していないのだ。
 それでも、現在進行形で不満の捌け口にされている正威は堪ったものではなかった。それでも、泥沼になる可能性を理解した上で、正威は苦肉の策として萌が振る話題の応対をしている状況だった。適当に相槌を打つような対応が、どんな結果を招くかなど想像に難くない。あわよくば<半ば強引にでも話題を変えるつもりだったのは言うまでもないだろう。
「国道にも市道にも指定されていない道に、タクシーは入って行ってくれないもんなんだね」
「それ、実際人に因るんじゃない? もしくは、運賃とは別に福沢諭吉を一人包む位じゃ足りなかったのか。いや、でも福沢諭吉一人で林道へと乗り入れてくれるドライバーも居るかも知れないんだから、そこも「人に因る」っていうことになるのかな?」
 萌の言い分は正鵠を射ている可能性もあったが、人によって提供されるサービスが大きく変化するというのはどうだろう。せめてそれが運転の丁寧さといった類の質に関する部分ならばまだしも、目的地まで送り届ける届けないといったサービス提供の有無に関わる根幹部分が人に因るというのはかなりいただけない。尤も、悪天候時の運転スキルがない等、個人の能力の差に伴ってサービスが提供できないという事態もないとは言えないため、やはりそれも一概に括ってしまうことはできないのだろうけど。
 しかしながら、運賃とは別に福沢諭吉を包むという下りは、それが正規に提供されるものではないことを意味している。基本的に林道への乗り入れはしてくれないものとして考えるべきだったのだろう。
「そこは、袖の下は受け取らない規律に厳しい清廉潔白なドライバーさんだったんだろ? それに、目的地として指名した場所も場所だ。タクシードライバーを狙った犯罪が増加傾向にあるらしいし、警戒されたのかも知れない。何でも、タクシーの売上金を狙った若年層の強盗事件が、前年比で100%オーバーの増加率らしいよ?」
「それ、霞咲でもそんなパーセンテージで増加傾向にあるの? 櫨馬とか彩座(あやざ)とか代栂(よつが)町とかの一部の傾向を無理矢理近隣地域の話として置き換えた訳じゃなくて?」
 話の流れで何気なく触れたタクシードライバーの犯罪率に関するニュースに萌が食い付き、正威はそのソースの信憑性について答える。
「最終的には櫨馬全体での外国人労働者の増加を叩く論調に持って行きたいニュースサイトで大々的にやっていた特集だったから、話半分の部分は多分にあるかも知れないけど俺が見た限りでは統計自体には問題がないように見えたけどね」
「ふーん」
 話の信憑性を尋ねておきながら、いざその部分についての答えを聞いた萌は興味なさげに頷いてみせるだけだった。いや、興味がないというよりも、信憑性や統計といった部分について話題を広げるつもりがなかったからそういう応対になったといった方が正しい。
 萌は正威が示した答えを踏まえ、ではどのようにしていたらこの状況に陥らなかったかについて推察する。
「だったら、あれだ。久和の息が掛かったタクシー会社じゃなく、一般のタクシー会社を使ったのがそもそもの大間違いだったってわけだ。少しでも久和の息が掛かったタクシー会社だったなら警戒されるなんてことはなかっただろうし、そもそも送り届け先が一般車両の通行禁止エリアだって何とかしてくれたかもじゃない?」
 改めて、その萌の言い分は正鵠を射ている可能性もあったが、こと今回の件に関してそれを反省に生かすということは難しい。なぜならば、そうすることができる状況下であったなら、そもそもそうしていたからだ。
「そこは、仕方ないよ。久和の息が掛かったタクシー会社を通してタクシーを手配している時間なんてなかっただろ?」
 萌はこの道なき道を進むに至る「最初の経緯」について思考を巡らせているようだった。何か粗を探し出しては、鬱憤晴らしを兼ねて正威に強く当たりたいのかも知れない。影の差した萌の横顔は、そんなことを思案している風にも見えなくはなかった。しかしながら、主窪峠の異形から連絡を貰って行動を起こすまでの取っ掛かりの部分に、粗を見付けることは叶わなかったらしい。
 結局、準備段階の時間を十分に確保できなかったところに問題があると結論付けてしまえば、萌は大きく深い息を吐いて脱力すると力なく項垂れる。完全に気が抜けたという装いだ。
「だよねー……、せめてもうちょい早く連絡くれていれば、何とかなったかも知れないのにねー」
 萌の性格からして主窪峠の異形へと鬱憤晴らしの矛先を向けても何らおかしくはなかったが、こと今回の呼び出しについて言うのならば、そこに「連絡が遅い」などと文句を付けるのはお門違いだ。
 主窪峠の異形が寄越した連絡は、正威と萌が予めお願いしていたことではなかった。あくまで主窪峠の異形サイドが自発的に二人へ情報を流すべきだと判断して行ったもので、且つそれは神河に取って非常に有用な内容であろうと考えられるものだ。仮に連絡が遅かったのだとしても、感謝こそすれ文句を付けるというのは方向性をこれでもかと言うほどに間違っている。
 萌自身もそれが解っていたから、言葉の端に「連絡が早かったら」という不満を覗かせただけで、鬱憤晴らしのための矛先を主窪峠の異形へと向けることをしなかったのだろう。
 ともあれ、萌の間延びした声を最後にぷつりと会話が途切れてしまうと、嶺伏ヶ岳山中の林道には一気に静けさが訪れる。土を踏みしめる音と、風に戦ぐ木々のざわつきだけがまるで辺りを覆い囲むようになる。しばし、そんな長閑な雰囲気の中、タイムトライアルを強いられる状況が続くかと思いきや、ある一線を踏み越えた瞬間、周囲を漂う空気の質ががらりと変わった。
 周囲に視線を走らせ確認するまでもなく、正威は道の脇に道祖神を祀ったと思しき石碑の存在を確認していた。背丈のある雑草の中にほぼ埋没する形ではあったものの、意図的に隠されたものという風はない。元々昔からそこにあったものを都合良く利用したという印象だ。
 ともあれ、そこを区切りとして、簡単な人払いの呪いが施されているのは明白だった。そのまま林道の道を進むことに対して、ピリピリと肌を刺す嫌悪感と、誰かに見張られているかのような感覚がある。人間は愚か、気配に敏感な獣の類も安易に足を進めようとはしないはずだ。
 空気の質の変化を敏感に感じ取って、緊張感を張り巡らせたのも束の間のこと。次の瞬間、正威の口からは安堵の息が付いて出た。目的地まで後僅かということを、ようやく確信できたからだろう。
 尤も、安堵の息を吐くのが早過ぎると萌からは釘を刺される。
「何を安堵してるの? 区切られた区間自体が広大で、まだまだここから目的地までかなりの時間が掛かるかも知れないんだよ?」
「それでも、だよ。正直、実は間違った道に入り込んできたんじゃないのか、……とか、良くない思考が頭をちらつき始めていたところだったんだ」
 そんな正威の不安は、萌に取っては信じられない内容だったらしい。
「分かれ道なんて、ここまで一つもなかったのに?」
 訝しげな表情をする萌に、今度は正威が弱々しくも「信じられない」という顔を返す番だった。
「寧ろ、一度も来たことのない場所に地図も道案内もなく、この道が正しいと思い続けられるそのメンタリティの高さにはいつも驚かされるよ」
 道を正しいと思うに至る経緯の差こそあれ、基本的に「揺るがない」という部分は正威に取って見習うべきと感じる萌の良点だった。もちろん、揺るがなかった結果として間違った方を選択していてもトコトン突き進むわけで、間違った場合のリカバリーには骨が折れるというマイナス面も多分にある。
 ともあれ、その区切りの場所から目的地までは、時間にして五分と掛からなかった。
 全体にびっしりと蔓がまとわり、一メートル以上の背丈を持つ草木に埋没する形で自然に溶け込みつつある木造鳥居の前に、二人をその場所へと呼び出した主窪峠の異形は佇んでいた。
 尤も、そこに主窪峠の異形が佇んでいなければ、二人して木造鳥居の存在そのものを見落としていたかも知れない。
 もし移動が自動車といった類のものであれば、例え低速域で走行していたとしても窓の外の風景を蚤取り眼で確認しているか、事前にその場所に鳥居が存在していることを宣言されていなければ気付かなっただろう。
 それほどまでに木造鳥居は自然に侵食されてしまっていて、乱雑に木々の立ち並ぶ風景の一部に溶け込んでいた。それが元々の色であるのか、完全に朱色が剥がれてしまったのか定かではないが、樹木に溶け込む木材の色をしていたというのもそれに拍車を掛けていただろう。
 そう言う意味では林道への進入をタクシーが拒否し、徒歩での移動を強いられたことは幸いだったのかも知れない。もしも移動がタクシーであったのならば、主窪峠の異形に頼ろうにもタクシードライバーを相手に安易に姿を見せたというのも考え難い。
 木造鳥居の脇に立つ主窪峠の異形に正威が会釈をすると、主窪峠の異形は開口一番にまず謝罪を口にする。
「呼び立ててしまって申し訳ない」
 相変わらず、目も鼻も関係なく頭部を薄汚れた包帯でグルグル巻きにする表情の読めない出で立ちだったが、その雰囲気で「申し訳ない」といった言葉が本心からのものであると理解できる。
 正威にも萌にも、呼び立てられたことを責める気などはさらさらなかった。寧ろ、到着要望時刻に間に合ってないことを逆に「申し訳ない」と考えていたのだが、先手を打たれる形で謝罪を向けられ反応に窮した形だった。尤も、反応に窮したのも束の間のことで、ならばと言わないばかりに萌は主窪峠の異形へ間に合わなかったことの影響について矢継ぎ早に確認を向ける。
「第一希望の到着要望時刻に間に合わなかったわけだけど、まさかミッション失敗からの分岐ルート行き? それとも、タイムトライアルミッションはあくまでボーナスアイテムなんかが手に入る入らないの話なだけで、ペナルティーを支払えば問題なく参加できるとか?」
 項垂れた時にその身へとまとった気怠そうな雰囲気を今も伴うローテンションで矢継ぎ早に確認を向けられて、主窪峠の異形はピタリと固まる。萌が発した言葉の全容を理解できなかったようだ。もちろん、大凡何を言いたいのかぐらいはニュアンスから読み取っただろうが、曖昧な理解の上で何らかの反応を返すというのは躊躇われたようだ。
 恐らく、当惑しているだろう主窪峠の異形へ向けて、正威は救いの手を差し伸べる。
「あー……、その、気にしないで貰ってもいいですか?」
「ああ、……それで構わないのか?」
 やはり主窪峠の異形は当惑していたようだ。正威から気にしないよう促され、内容の理解に四苦八苦していただろう萌の発言をなかったことにして事なきを得る。
 正威が確認をなかったことにしたことで、正威の背中には萌からの突き刺す視線が向いた。影響度合いの確認は急務であり、その如何によってはここで頭を下げ合っている場合ではないため、萌の対応も解らないではない。
 背中に刺さる視線に背を押される形で、正威が影響度合いの確認を主窪峠の異形にも理解可能な言葉に変換して切り出そうとした矢先のこと。主窪峠の異形はそれを待たずして「なぜ到着要望時刻を設定したのか」について説明を始める。
「可能ならば、廃神社本殿前の境内が見物客で埋まる前に君らを所定の場所まで案内して置きたかったのだ。既に本殿前の境内が見物客で埋まってしまった今、今更それを言っても詮無いことではあるのだがな。ただ、見物客で埋まる前にとは思っていたのだが、いざああして埋まってみたら場に顔を揃えるものが何であるかなどと、そんな細かいことを気に掛けるような場ではなかった」
 主窪峠の異形の口振りから察するに、正威と萌がその一部として混ざる見物客に対しても何かしらの大掛かりな対処をするつもりだったようだ。そして、いざ蓋を開けてみたらと言う形の結果論ではあるものの、そうする必要はなくなったというわけだ。
 では蓋を開けてみた結果として、そこには何があったのか。正威に取って思い当たる節は一つだ。
「興味の矛先は、件の星の家ってわけですか?」
「そうだ。そして、星の家に対する嫌悪感が大きく渦巻いている。まぁ、中には目敏いものも居るには居るが、それらは別途対処すれば良いだけのこと。到着要望時刻に間に合わなかったことなど、気に掛けるべくはない」
 ところどころ意味を汲み取れなかっただろう萌の言葉からでも「何を言いたかったのか?」は十二分に伝わっていたのだろう。主窪峠の異形は二人が時間に遅れたことなど「気にする必要はない」という言葉で、到着要望時刻を設定した理由を締め括った。
 すると、主窪峠の異形は背に襷掛けする鞄から、一方がごわごわとした毛で覆われた縦横一メートル強はあるタオルケット状の布を徐に二枚取り出す。見ようによってはブランケットに見えなくもないだろうか。しかしながら、それは所謂「獣臭さ」といった類の強烈な異臭を放つ代物だ。
 徐に取り出したタオルケット状の布をどうするのか。正威と萌は訝しげにそのタオルケット状の布を見ていたのだが、主窪峠の異形はそれを受け取るように二人へと差し出す。
 恐らく、それは「別途対処すれば良い」といった目敏いものの対処のためのものだと正威は思った。ただ、半ばそこまで解っていても、主窪峠の異形がそれを差し出した理由を尋ねないわけにはいかない。
「これは?」
 可能性はほぼ皆無に等しいとはいえ、廃神社境内が底冷えするとかいう事情があって暖を取るためにそれを差し出したというのであれば、正威と萌に取ってタオルケット状の布を受け取ってしまうことは避けたい事態だ。
 当然、そんな理由でタオルケット状の布が差し出されたわけもない。
「あちらとこちらの境を行ったり来たりする獣の皮を剥ぎ加工したものだ。息を殺してその場に留まる限り、人間の匂いや気配と言ったものをほぼ完全に覆い隠すことができる。その代わりといっては何だが、低俗な獣の妖かしと間違えられ兼ねない代物でもあるがね」
 異臭を放つタオルケット状の布は、主窪峠の異形の説明から察するに毛皮と言えばいいのだろう。ともあれ、その毛皮がもたらす効果は、大凡予想通りの内容だ。そして、異臭を放つその訳も所謂「人間の臭い」を覆い隠すため敢えてそうしているのだろうことも窺えた。
 主窪峠の異形はカラカラと笑いながら、毛皮を装備した場合の負の効果を「低俗な獣の妖かしと間違えられる可能性を持つ」といった。しかしながら、正威の隣で鼻を摘み眉を顰めて首を横に振る萌を見れば、臭いが移るだとかまだまだ負の効果が指折り挙げられそうなことは言うまでもない。尤も、そういう負の側面は主窪峠の異形の目線からでは、気付きにくいことなのかも知れないが……。
「本殿前の境内へと足を踏み入れる時に、それを羽織るといい。君らの存在を完全に覆い隠す効果を発揮するだろう」
 異臭を放つ毛皮を差し出した理由も、それがもたらす効果も至極真っ当だったが、それでも正威は毛皮の利用をできれば避けたいと心底思ったらしい。異臭が移ってしまうという点に関して言えば、消臭剤等科学の力で事後対応が可能だが、長時間に渡って鼻に付く異臭に耐えねばならないという部分は覆しようがない。
 正威は同等の結果をもたらす別の案を、主窪峠の異形へと熱意を込めて提案する。
「もし、僕らのやり方を許容して貰えるのであれば、不自然さなんてものを回りに全く与えないぐらいには上手く紛れて見せますよ?」
 自信満々に語る正威を前にして、主窪峠の異形は無情にも首を横に振った。
「呪いを用いることで気配を完全に遮断するという方法も、当然視野には入れていた。事実、星の家のことだけを考慮するならば、それで十分だろう。唯一気掛かりだと感ずることは、君らの佇む場所だけ妙に気配が薄い不自然さを星の家に感じ取られないかと言うことぐらいだ」
 星の家に対してだけならば、呪いで十分。その主窪峠の異形の言葉は、異臭を放つ毛皮を用いて別途対処したいものが「星の家」以外にも居ることを示唆していた。そして、主窪峠の異形の口からはその星の家以外の存在がどのようなものであるかについての言及が続く。
「目敏いものもいるといったが、それらは人間を快く思わぬ神々とその眷属だと思って良い。それこそ、友好という言葉とは無縁な、明らかな敵意を持つものも数多くある。それらはいくらお前達が久和の血に連なるもので、星の家とのいざこざを解決するべく動いていると我々が諭したところで、納得などしないような連中なのだ。それらは、狡猾で貪欲で、そして酷く目敏い。気配を隠したぐらいでは、人の臭いを嗅ぎ取り容易に見破るだろう。星の家と交渉を行う場は、そういった手合いのものが数多く居る。気配も臭いも正体も、隠せるものは全て隠してその場に紛れる方が賢いだろう?」
「……そうですね」
 主窪峠の異形から正論を突き付けられる形で同意を求められてしまえば、正威は沈痛な面持ちで頷くしかなかった。尤も、その沈痛な面持ちの訳は、今持ち得る手段で人の臭いまでをも隠し通すようなものはなく、異臭を放つ毛皮の装備が避けられないことを痛感したからだったろう。
 この時、人の臭いを隠す方法を、正威が強く習得しようとした決意したとかしないとか。まぁ、そんなことは只の余談であるのだけど。
 ともあれ、正威の同意に躊躇いが滲んだからか、主窪峠の異形の星の家以外の存在に対する言及が詳細さを帯びる。
「遠目にちらちらと敵意を向けられるだけならばまだしも、それらは薄暗がりの獣道で君らを待ち構え協力関係を築くに値するだけの能力を伴っているかどうか確かめようとするかも知れない。ただただ嫌がらせのためだけに襲い掛かるような真似をするかも知れない。匂いを覚えられてしまえば、それが現実となる可能性が高まる。堪ったものではないだろう?」
「本当は、そういったものともきちんと話を付けられるようにしないとならないんですけどね」
 聞けば聞くほど同じ場に居合わせるという厄介な存在は、同類からも危険視されるもののようだった。しかしながら、例えそんなものが相手でも隠れてやり過ごすというのは正威の本意ではない。厄介なものを語る主窪峠の異形の口振りは、暗にそれらを「忌諱すべき相手」とするニュアンスを伴っていたが、例えそうであっても正威が目標とするところは対話を用いて収めることであるようだ。
 そんな殊勝な本音を吐く正威を前にして、主窪峠の異形はいつかの時に垣間見せた愉快で堪らないといった姿勢を覗かせた。
「それはお前達が仮に久和本家の人間であったとしてもまだまだ早い。いいや、そもそも話を付けようなんてことを念頭に置くのは止めた方がいい相手だ。しかし、それでも面と向かって話を付けてどうこうしたいというのならば、そうだな、もっともっと、久和や神河の名前がこの土地で通るようにでもならなければ、時代に取り残されたあの古い眷属共は見向きもしなければ話を聞こうなどとも思いはせぬだろうよ。もし、それを望むなら有無も言わさぬ結果を積み上げることだ。くく、期待しているよ、神河一門」
 本音か建前か、将又ただのリップサービスか判断に困る期待の言葉と共に、主窪峠の異形から毛皮をグイッと胸元に押し付けられてしまえば、さすがに受け取らないという訳にもいかない。まして、有無も言わさぬ結果を積み上げるための第一歩がまずはこれだと言わないばかりだ。
 正威は受け取った毛皮の一枚を、萌の方へと向き直ることなく恐る恐るという風に差し出した。腹部に一発、ずしっと響くボデーブローと共にそれは受け取って貰うことができたが、正威は予想だにしていなかった物理の一撃に思わず咳き込んだ格好だ。
 ともあれ、二人がしぶしぶ毛皮を受け取ったことで、交渉の場へ赴く前にやって置かねばならないことも全て終わったのだろう。
 主窪峠の異形が山中へと続く参道へ足を向ける。
「では、行こうか。星の家が到着する時刻にはまだ早いが、予定よりも早く彼らがやってこないとも限らない」


 主窪峠の異形の先導の下で参道を登り始めると、如何にこの場所が自然に侵食されているかが良く解るようになる。少なくとも、最初の木造鳥居の一基は自然に侵食されてはいたものの、まだその場にあるべき形で残っていたのだということを嫌と言うほど理解することができた。最初の一基目から数百メートル程度の場所に位置した二基目の木造鳥居で既に大木へと寄り掛かる形で完全に傾いてしまっており、鳥居としての役割を果たしていない状態だったのだ。恐らく、奥へと進んでいけば、完全に倒壊した木造鳥居なんかも目撃できることは間違いない。
 そして、想像していた通り、完全に倒壊した木造鳥居を確認できるようになると、正威には気に掛かることが生じた。
 木造鳥居が顕著にまとう「荒れ果てた」感に比べると、参道自体はまだ「手入れがされた」状態であることだ。獣道と呼ぶにはしっかりと雑草が踏み固められ過ぎている嫌いがあるし、背丈のある雑草も適度に払い除けられ道としての体裁が整えられている。かといって、では管理された「参道」と呼ぶに適しているかというと、石畳に茂る草木の程度や、そもそもの石畳の破損具合、木造鳥居が醸す荒涼感といったものがその認識を躊躇わせる。
 言ってしまえば、神社を訪問するという感覚ではなく、その参道を行き来するものがそれなりに居るのだろう。尤も、それが人や獣だけかどうかは定かではないし、倒壊した木造鳥居を撤去するなり修復するなりして綺麗に整えようなんて考える存在でもないことは確かだ。
 参道の状態と木造鳥居とを交互に眺め見る興味津々の正威の様子を目の当たりにして、主窪峠の異形が口を切る。
「お前達みたいな格好の人間は滅多に近付かないが、この地で古くから木材を扱う者や狩猟を行う者、そして山菜などを採取する者が相応の頻度で出入りしているのだ。目印として、ちょうど良いのだろうな。尤も、崩れた鳥居や社をどうにかしようというつもりはさらさらないようだがな」
「こんな場所にも、結構な頻度で人が立ち入るのか」
 率直に言って、正威は驚いた様子を隠そうともしなかった。
 主窪峠の異形の口振りや周囲の状況から察するに、相応の人間が行き来していることは間違いない。もしくは、数自体はそう多くはないながら、何度となくこの道を行き来しているのだろう。知る人ぞ知る場所といった感じなのだろうか。
「他にも山岳信仰の信徒や、登山コースから下りの道を間違えてこちらへやって来るものもあるが、それらは希だな」
 主窪峠の異形から廃神社跡に近付く人間が相当数存在することを聞かされ、ふと正威はそこに思案顔を覗かせる。何か思い当たることでもあったようだ。そして。それはどうやら気掛かりに繋がることのようだった。
「念のために確認しておきますが、人払いは済ませてあるんですよね? まさかとは思いますが、林道脇に仕掛けてあったあの簡素なものだけってことは、……ないですよね? もしそうならば、大掛かりな仕組みのものとまではいかないまでも、あれよりかはずっと効き目のあるものを即席で組み立てることもできます」
 正威の提案には、廃神社跡へと続く林道に仕掛けた人払いの仕組みだけでは「不十分だ」という認識が色濃く滲む。「即席で」とはいったものの、人払いの構築にある程度の時間を取られることも間違いはない。既に予定時刻を超過している中にあってそれでも人払いの有無を確認したのは、万に一つも「誤って踏み居る一般人が居てはならない」という認識からだろう。
 主窪峠の異形は、クイッと顎をしゃくる形で参道の先を示してみせる。
「この参道をもう少し登ったところに、大鳥居が待ち構えている。今夜一杯、その大鳥居より先は限られたもののみしか行き交うことができないように仕掛けが為された。知識や能力を持つものが意図的に接近を試みるのならばともかく、今夜一杯は星の家という例外を除き、ただの人間が案内なしに神々の眷属が集う場所ヘ紛れ込むことは有り得ない」
 正威の不安をよそに、人払いの対策は万全のようだ。そして、正威自身提案を口にはしたものの、広域に渡って敷かれた簡素な人払いの呪詛だけでも、大概の人間がこの場へ近付こうと思わないことは正威が身を以て体感した通りだ。
 基本的には明確な理由なく近付くものを無意識に遠ざける効果を発する仕組みのものなので、廃神社跡を訪問しなければならない重大な理由でもあれば話は若干異なってくる。しかしながら、そこは仕事などで立ち入らなければならない理由を持つ者に対しても対策を施してあるというわけだ。少なくとも「一般人」が紛れ込む恐れを心配する必要はないだろう。
 それこそ、人の身で八百万の神々の眷属が集う場に居合わせるのは、正威と萌の神河一門の二人と、交渉に臨む星の家のメンバーだけだろう。
「星の家、か」
 主窪峠に起脈石を設置して顰蹙を買ったまだ見ぬ件の相手の名前をボソリと呟いて、正威は神妙な顔付きをした。ややもすると、排除するべき敵になるという部分が引っ掛かっているようだ。
 そんな正威とは打って変わり、萌はここに来て物見遊山にでも出掛けるかのようなお気楽なノリを覗かせる。
「今日はあくまでただの傍観者に過ぎないんだよ。そんなに気張ってどうすんの? 北霞咲にある八百万の神の眷属達を相手に回して、一体全体どんな交渉を展開してくれるのか。お手並み拝見と洒落込もうじゃない」
 事と次第によってはまだ見ぬ星の家を敵として排除することになるのを、萌も萌で理解しているはずだ。にも関わらず、その調子でトンットンッと軽快に参道の石段を登って行く強心臓っぷりを、正威は溜息混じりに見ていた。
 やはりメンタリティの高さは、見習うべきところがある。正威はそれを改めて思い知らされた格好だった。
 ただ、気負い過ぎるのも確かに問題ではあるが、何を相手に回しても「上手く事を運んでみせる」というその萌の自信家っぷりも行き過ぎると手痛いしっぺ返しを食うことに繋がる。そういう意味では、正威と萌の二人掛かりでちょうど良いバランスなのかも知れない。
 ともあれ、所々石畳や石段の崩れた道の悪い参道を登っていくと、主窪峠の異形が先に述べた大鳥居が姿を現した。大鳥居は石製だったが石灰岩のような白っぽい色合いをしており、鼠色を基調とした石灯籠や石段とは風味の違った佇まいをしている。あからさまに「仕切り」であるかのような雰囲気を醸し出しているという言い方の方が適当かも知れない。
 そんな大鳥居の真ん前まで来た時のこと。
 先を歩いていた主窪峠の異形が足を止め、右手を突き出すように振り翳す。すると、鳥居が示す通り道である貫下から柱間以外の空間に薄い靄がかかったようになった。その手順を踏まなければ、正しい目的地には辿り着けないよう細工を施してあるのだろう。主窪峠の異形が説明した「ただの人間が案内なしに紛れ込むことが有り得ない」理由そのものだろう。
 大鳥居を過ぎても長い参道は石段をひたすら登り続ける形を取っていたが、道中には点在する朽ちた人工物が目に付くようになる。それは木造鳥居のように大きく傾き大木へと寄り掛かる小さな社殿であったり、完全に倒壊し原形を留めていない講堂と思しき木造建造物だったりした。それらの朽ちた人工物は、どれもほぼ植物に覆い隠されるかのように侵食されていた。あくまで見た目による判断であるためはっきりと断言はできないながら、かなりの年月そうやって人の手が入らず放置されているかのようだ。
 いつから廃神社となったのだろうか。
 なぜ廃神社と成ったのだろうか。
 一応、この場所へとタクシーで向かう車中で、正威は一通りこの廃神社のことを調べようとした。しかしながら、廃神社についての詳細な記述は愚か、名称すらも拾い上げることは叶わなかった。そもそも、地図の上ではここに主立ったものなど何も存在していないことになっているのだ。昔の地図を持ってくるとまた話は異なるかも知れないが、大半の人間が用いるだろうスマホのルート検索上の地図などにはここに立地する何かなど存在しない。
 しかしながら、実際にこうしてその場所ヘと足を運んで見ると、かなりの敷地面積を誇りいくつもの人工物を内包していたそれなりに名のある神社だったことが一目で見て取れる。そして、そう簡単に取り潰されて忘れ去られるような場所でないことを、正威は考えずには居られなかった。
「元々この場所は御沼間主(みぬまぬし)神社と呼ばれていたのだが、何時の頃からか管理するものもなくなって廃神社となった場所だ。尤も、人の手によって管理されていては今のような使われ方はされていなかったのかも知れぬ。ここは人の身にとっても八百万の神々の身にとっても、特別なものを必要とせず容易に行き交うことのできる奇特な場所の一つだ。神々の眷属から、果ては妖かしや異形と言ったものまで、良いものも良くないものも集い易い場所として便利に利用させて貰っているのが実情だ」
 興味深げに点在する朽ちた人工物へと、正威が頻りに視線を向けていたからだろう。主窪峠の異形の口からは、この場所が「何だったのか?」について、そして今現在「どういう場所であるか?」について語られた。
 当然、正威も萌も御沼間主神社などという名称に聞き覚えなどはない。
 北霞咲という場所について、神河一門が多くの情報を得ていないという面を踏まえても、御沼間主神社と思しきものが良くない噂の中に登場したという記憶もなかった。人や神の眷属や、それこそ異形や妖かしが特別なものを必要とせず行き交うことができる場所だというのにも関わらずだ。
 巷に溢れるオカルトチックな情報や、良くない噂の中にも名前やそれと思しき場所が登場しないのだから、ここは人間が手入れをせずとも、八百万の神々やその眷属によって良くも悪くもしっかりと管理されているのだろう。それは即ち、北霞咲を本拠地とし、且つこの廃神社を便利に利用しているらしい八百万の神々やその眷属が持つ影響力が健在であることを示唆しているに等しかった。
 実際にその目で見て、実際にその肌で感じてみなければ解らないことも多々ある。恐らく、こうして御沼間主神社跡を訪ねてみなければ、こんな場所が北霞咲にあることすら正威は知らないままだったはずだ。
「ありがとうございます。もう既に、廃神社跡まで足を運んだ甲斐は十分にありました」
 改めて、わざわざ廃神社跡に呼び立てて貰ったことを正威は主窪峠の異形に感謝した。
 どういう経緯を踏まえてその感謝に繋がったのかを主窪峠の異形は汲み取れなかったようだ。そこには怪訝な雰囲気を一瞬漂わせるというぎくしゃくした対応が一つ間に挟まったが、主窪峠の異形は差し障りのない対応を返す形で謝意に向き合う。
「そう感じて貰えるのであれば、わざわざ声を掛けた甲斐があったというものだ。対話の場に同席することは、神河一門に取って北霞咲の置かれた雰囲気を肌で感じることのできる最良の場となるだろう。何より霞咲に置ける星の家の姿勢というものを認識するにあたっても、またとない機会になるだろう」
 今もその影響力を維持する北霞咲の八百万の神々や眷属相手に、星の家がどんな姿勢で挑むのか。まさに見物だった。
 正威が感じ取っていることを、星の家が同じように感じ取っているとは限らない。しかし、そうであっても、星の家は星の家なりにこの廃神社の雰囲気などから感じ取るものがあるはずで、星の家が背負う立場の下、何らかの要求を突き付ける形で交渉に臨むことは間違いない。
 徐々に損傷が著しくなる長い参道の終わりが見えるて来ると、まずその目に飛び込んできたものは大きく損壊した廃神社の本殿だった。どうにか中央部から左の端に掛けては原形を留めていたが、壁には蔦がまとわりつき、原形を留める部分も隣接する大木の根が床から張り出してきていたりするなど、本殿としての体を保っているとは到底いえない。
 本殿の前部には拝殿も存在していたはずだが、その痕跡は欠片も残ってはいなかった。即ち、本殿前の境内と内庭との区切りもなくなってしまっているような状態だ。本殿前の境内の広さから言っても外拝殿と内拝殿をそれぞれ構えていてもおかしくはなかったし、社務所や他の建造物が例え倒壊していたとしても痕跡として残っていて然るべきだったが、やはりそこには痕跡すらなかった。
 先述したが、本殿前の境内は内庭までもが仕切りなく一つの空間となってしまっていることもあって非常に広大で、四隅に大きく大きく枝を広げる大樹が屹立していた。
 主窪峠の異形に先導されて二人が足を踏み入れた本殿前の境内には、既に多くの異形や神の眷属が顔を揃えていた。中央を星の家の交渉者のために空け、その回りをぐるりと囲い込むかのように陣取る形だ。
 異形や神の眷属は、人間の形を取るものから明らかに体躯のおかしい狐や犬といった形のもの、ホラー映画やゲームなんかに登場しそうな一言でその姿を形容できない形状を取るものまで、多種多様だと言って良かった。飛び交う言語にしても、人語だったり、限りなく人語に近い発音から成る理解不能な言葉だったり、言語と認識するのに難を有する音の羅列だったりする。
 それでも、異臭を放つ毛皮のお陰だろう。主窪峠の異形と共に廃神社本殿の境内へと足を踏み入れた二人をじっと注視するようなものはない。
 主窪峠の異形は自身と似通った姿形を取るものが多数立ち並ぶ、廃神社本殿から向かって右手奥に位置する場所へと陣取るようだ。位置的には、本殿が辛うじて原形を留める場所で、あらゆるものの影にはいる場所でもあった。正威の萌の二人のことを考慮して、そういう位置取りをしたのかどうかはともかく、身を隠し見物客に混ざる二人に取っては好都合な場所である。
 そんな背景もあり、且つ先導者であるから主窪峠の異形から離れるという選択肢があるわけもなく、必然的に正威と萌は主窪峠の異形の近くに佇む形となる。そうして、主窪峠の異形が隣りに並んだ異形に声を掛けられ話し込み始めてしまえば、正威と萌の二人は完全に場違い感に呑まれる格好だった。
 誰も彼も二人を気に掛ける風がないとはいえ、その場に溶け込んでいるとも言い難い。主窪峠の異形が伴って場に連れてきたから取り立てて気に掛けないし、二人が回りに声を掛けようとしないから絡みに行かないだけという空気がそこには漂っている。
 尤も、その場に押し黙って数分も佇んでいれば、毛皮を被った二人に注意を払うものも居なくなる。この場に居並ぶものの興味は、完全にこれから姿を現す「星の家」へと向いているようだ。
「そういえば、回収した起脈石の欠片は解析部隊に渡したの?」
 敢えて、星の家の登場を待つこの場でそれを確認する必要性は無かったはずだが、……手持ち無沙汰だったのだろう。そして、それ以上に、星の家が扱う起脈という仕組みについて、星の家がこの場に姿を現すまでに今知り得ている情報を整理しておくべきだと萌は感じたのかも知れない。そこに参道の石段を軽快に登っていた時のお気楽さはない。
 北霞咲で高い位にある八百万の神と星の家とがこの廃神社本殿前で対話をするというのが、主窪峠の異形の認識だ。しかしながら、主窪峠の異形自身が「星の家に対する嫌悪感が渦巻いている」と述べた見解通り、ここ廃神社本殿前に漂う気配は一部そこはかとない焦臭さを伴っていると言って良かった。それこそ、一歩歯車が狂えば全面衝突まであっと言う間に突き進み兼ねない、そんな危なげな雰囲気すら感じ取れる。
 だからこそ、全面衝突という流れになってしまった時に星の家が頼りとするだろう起脈について、萌は把握しておくべきだと考えたに違いない。しかしながら、起脈について口を開き掛けたところで、正威はハッと口を噤んだ。何か気に掛かることが脳裏を過ぎったのだろうが、結局そうやって口を噤むという行動さえも正威は中途半端な形で撤回した。
「萌、ここでその話は、……いや、でも、気にし過ぎか?」
 どうやら、この場所で人の言葉を用いて会話をすることが精神衛生上宜しくないように感じられたらしい。そして、結局それを考え過ぎだと思うに至った経緯は、やはり周囲の異形同士が人語を用いて会話をしていたからに他ならない。聞き耳を立てるまでもなく耳へと入ってくるその内容も、二人が居る近辺でのものに限って言えば大層なものではない。
 やれどこぞの祭の神饌が豪華だのといった類の、この場の雰囲気に似付かわしくないものから、星の家による被害について憎々しげに話すものまで様々だ。主窪峠の異形が事前に説明したように、星の家を好意的に捉える内容こそ聞こえてこないが、では「そこに渦巻く感情が敵意一辺倒か?」というと、強ちそうでもないように正威には感じられた。少なくとも、星の家に対する好奇心的な側面も少なからずそこには横たわっている。
 ここで注意して置かねばならないことは、本殿前に陣取るグループと、二人が居る付近に陣取るグループとではまとう雰囲気が大きく懸け離れていることだ。本殿前に陣取るグループは眼前に星の家を置けば、正直なところ「いつ襲い掛かってもおかしくはない」と思わせるピリピリとした緊張感を放っている。
 正威はそんな本殿前のグループをちらりと横目に捉えながら、若干声のトーンを抑え気味にして萌の質問に答える。
「起脈石は、解析部隊に渡して来たよ。但し、こっちが要求する日程感で解析を完了させることはできないと釘を刺されたけどね。できるだけ早く解析結果が欲しいは欲しいけど、こればっかりは……ね。他にも手の掛かる厄介な解析依頼があるらしくて、こっちの依頼の優先順位を上げられないみたいだった」
「ふーん」
 諦観の色が混ざった正威のその言い回しは、もっと厄介なことに対処していてより優先度を高くせざるを得ないメンバーが久和一門の中にいることを嫌と言うほど理解させられているという風だ。
 萌も萌で端からすぐさま解析結果を入手できるなどとは思っていないようだ。正威から状況を聴いた萌は「やっぱりね」とでもいわんばかりに興味なさげに頷くだけだった。そこに愚痴の一つも溢さないのだから、解析部隊の動きに対してはやはり納得せざるを得ない背景やら優先度やらというものがあるのだろう。
 諦観の色が混ざる表情をさらりと切り替え、正威はそれでもやれる範囲のことはやって来たと胸を張る。
「解析部隊の動きはともかくとして、情報収集部隊の方に掛け合って起脈石っていう単語から浚える情報を現在進行形で片っ端から集めて貰ってる。それと、久和一門が最初から持っていた起脈関連の情報なんかについては、既に資料も開示して貰った」
「へー、やるじゃん。さすがにそういうところは手際が良いよね、正威は」
 萌からお褒めの言葉を向けられて、正威は何とも複雑な表情を見せた。素直に嬉しいと感じる反面、基本的にはそうやって「第一達成目標が駄目でそれに対して気を遣って根回しする」ような側面しか褒められることがないから「喜ぶべきことでもない」と思う気持ちが半分あるといったところだろうか。
 今回のことで言っても、第一目標は「解析結果をすぐに入手する」ことだったわけだ。萌から賞嘆を受けた部分も、あくまで解析結果がすぐに入手できないことをリカバリーするべく、次点の最善策を直ぐさま打ったことだ。正威としては上手くやったという意識が薄く、お褒めの言葉は行き過ぎで気後れしてしまうものだったようだ。
 当然、そんな正威の心中は表情にも如実に表れ、そこには苦笑いにも似た何とも歯痒そうな顔色が浮かんだ。
 萌にはそんな心情を目敏く見抜かれ、あれこれ余計なことを悩まず賞嘆を素直に喜ぶよう突かれる。
「何その微妙な顔? 何か余計なことであれこれ悩んでんの? 解析部隊の動きが期待できないことなんていつものことだし、そもそも最初から解っていたことじゃない? そのリカバーを今まで以上に手際良くやったことを褒めてあげたんだから、喜ぶだけ喜んでおけばいいじゃん。滅多にないよ、あたしが正威を褒めちぎるなんて」
「うん、まぁ、そうなんだけどね。後、褒めちぎるは言い過ぎだろ。まさか、今ので褒めちぎったつもりか……?」
 当惑する正威を尻目に萌はからからと一頻り破顔した後、脱線した話を元へと戻す。
「それで、開示された起脈関連の資料はどんな感じだった?」
 態度を仕切り直した萌からの質問内容が余りにも捕らえ所のない曖昧なもので、今度は正威が苦笑する。
 もちろん、萌の質問がそんな曖昧さを伴ったのにも確固たる理由がある。
 二人の過去の経験から言ってしまうと、久和一門が最初から保有していて、且つ大した手間も掛からずあっさりと開示する情報なんてものは大概高が知れていた。即ち、その質問の「曖昧さ」は、端から重要な情報を得られることを期待していない姿勢の現れだったと言って良いだろう。
 では正威はと言えば、良い意味で期待を裏切る結果が出たと言わんばかりの心得顔で胸を張る。
「聞いて驚くなよ?」
 賞嘆を向けられた先から次点の最善策に対して駄目元の期待しか向けられなかったから、そんな自信満々の思わせ振りな態度を見せたというわけではなかっただろう。しかしながら、勿体振るかのような正威の口振りを、萌は端から持ち上げて落とすためのものだと思ったようだ。そこにはこれでもかと言うほどに訝しげな視線が覗いた。
「なんと、起脈についての概要はほとんど記されていたよ」
 正威が何を言ったのかをすぐには理解できなかったかのように、萌の眉間には皺が寄る。そうして、ようやく喉の奥から引っ張り出して来て口を突いた言葉は、正威の言葉を真っ正面から疑う内容だ。
「……嘘でしょ?」
「ここで嘘なんか吐いてどうするって言うんだよ。まだざっと目を通しただけで要点も絞り切れていないのが正直なところだけど、俺達が主窪峠で破壊した起脈石っていうのが起脈を拡大するために必要となる触媒に過ぎないっていうあたりのことが今頭に入れておくべきことかな。役割をわざわざ拡大といい、触媒に過ぎないなんて言い回しをしたように、起脈石だけがポツンポツンと二〜三個設置されていてもそこに起脈のネットワークを構築することもできないし、当然起脈を介して何かをするってこともできないらしい。起脈石はあくまで起脈のネットワークを広範囲に拡張するためのもので、起脈のネットワークを構築するためには軸と成る起脈核というもっと大掛かりな代物が必要となる、とあった」
 さらさらと正威の口を突いて出る起脈に関する情報を聞き、萌の表情もあっと言う間に真剣味を帯びていった。そして、起脈の概要がほとんど記載されていたという点についてもほぼ誇張はない。星の家が設置を急ぐ起脈石の役割を、正威は簡潔にまとめていたと言えた。
 そして、そのまとめから推察されることは、起脈石の設置を現在進行形で進める星の家の今置かれている現状だ。
「その資料を信じると、星の家は霞咲でお得意の起脈を活用することができない状態にあるかも知れないってこと?」
「その可能性は十分にあると思うよ。特に、星の家の霞咲きでのこぢんまりとした動きはそれを強く連想させるよ」
 不意に印象の悪い笑みを覗かせる萌を尻目に、正威は半ば強引に話を続けた。そんな正威の心中は、察するに「星の家を叩くなら、今が絶好機とでも思っているんだろうなぁ」といったところだろうか。
「で、だ。そもそも「起脈とは何なのか?」っていうところにも触れておこうか。簡単に言うのなら、起脈って言うのは紅槻(あかつき)一門が完成させ現実的に運用可能な「エネルギー変換伝達システム」となる。起脈の影響下であれば、彼らが記号と呼ぶ複雑な図柄の組み合わせを頭に思い浮かべて恣意的に表示させることで、まるでライターで火を起こすかのように、容易く、自由自在に魔法のような神の力を起脈の参加者が使用できる」
 そこまで述べた時点で、良点だけを説明するならまさに素晴らしいシステムだと正威は改めて思う。それはその後に続く仕組みの解説に至っても、である。
「種明かしをすると、あくまで「エネルギー変換伝達システム」といったように、複雑な文字や数字・図柄の組み合わせから成る記号一つ一つと、神様や神の眷属といった力あるものを結び付けていて、記号発動に合わせ起脈の参加者が生命力や体力と言ったものを対価として支払い、対価を受け取る側は魔法のような神の力を提供する。大体こんな仕組みだ」
「菩薩や観音が梵字の真言と結び付いているのを、さらに一歩踏み込んで発展させたようなもの……? 直接、菩薩や観音に対価を支払うことで自由自在に菩薩や観音が持つ神通力を発現させている、……みたいな感じでしょ、それ」
「大雑把にいうとそんな認識で間違っていないと思うよ」
 萌が理解した起脈の持つ「エネルギー変換伝達システム」の具体的なイメージを、細かな相違こそあれ大凡正しいと正威は肯定した。
 理解を深めた萌の表情は、やや曇る。星の家の置かれた現状に対する認識を「起脈の敷設が整うと、色々厄介そうだ」と改めたといったところだろうか。そうすると、萌の興味は起脈核へと移る。
「主窪峠の奴が起脈石ってことは、あれとは別に起脈核っていうのが北霞咲のどこかに設置されているってわけだ。そして、星の家は起脈を拡大すべく起脈石をあちらこちらへ配置して回っている真っ最中っていう認識で良いんだよね? それとも、肝心の起脈核は後回し? そんなわけないよね?」
 萌が正威に向けた質問は、到底久和の持つ起脈の情報をまとめただけの正威には正解を導き出せない質問だ。それでも、正威にその質問を向けたのは、正威の推論を確認したかったからに他ならない。
 正威も自身がまとめた起脈の情報を下に、星の家の状勢について現状をこう推し測る。
「そうだね。恐らく、起脈核を設置していないなんてことは有り得ないと思う。けど、起脈核っていうのはそう簡単に何個も何個もあちこちに設置できるような代物じゃないらしい。具体的な内容で記載されては居なかったけど、そもそも物の用意も簡単ではないらしいし、整っていて安定した空間であることだとかかなりの制約があるらしいことが資料からは読み解けた。俺が思うに、恐らく起脈核の設置場所は星の家のお膝元だけに限られていると思う」
 起脈核の設置場所に対する推測を曖昧な形で濁した正威に、当然の如く萌は答えを求める。
「星の家のお膝元って、……彼らはどこを自分達のフィールドにしているの?」
 星の家の「お膝元」はどこか。
 萌が正威に臨む態度は「当然その情報も把握しているんでしょう?」と言わないばかりの態度だった。
 尤も、そこまで話が及んでいながらそれを正威が明言しなかった理由は単純明快で、解らないからだ。
 星の家が「どこを基盤としているのか?」についての情報は、久和一門が持つ起脈に対する資料の中には存在していなかったらしい。尤も、仮にそんな情報を調べ上げ保有していたとするのならば、星の家、延いては起脈に対しいつでも先手を打てるよう久和は準備を整えていたことだろう。
 現在の星の家が基盤とする地域がどこかを問う萌に対し、正威は星の家のルーツについて言及する。
「起脈核の在処について話をする前に、……星の家というか、まずは紅槻一門の出自についての話をしよう。紅槻一門は元々奥州平泉に勢力を持った藤原氏に関係を持つ家だったらしい。尤も、鎌倉幕府に藤原氏が滅ぼされた時に奥州平泉を離れ、その後は日本各地を転々としていたらしいけどね」
「へぇ、それなりに古い歴史を持つ連中なんだね。その割にはやること為すこと、お世辞にも上手にことを運ぶノウハウを持っているとは言い難い感じだけど」
 萌は紅槻一門が持つ歴史に対して「その割には実力が伴っていない」点を、やや嘲笑混じりの感想と共に素直に驚いて見せた。
 正威にしても、そんな萌の率直な感想を否定しない。
「萌の感じた通り、かな。奥州平泉を基盤にしていた時にどれくらいの規模を持っていたとか、そういう詳細までは残っていないみたいだけど、少なくとも日本各地を転々とするようになってからは一線級の能力を持っているとは言い難い御粗末な感じだ。主窪峠の結界然り、かな」
 正威を持ってして、紅槻一門の能力については「御粗末」という評価が口を突いて出た。
 それは、久和一門が持つ資料の中でそう評価されていたという側面もあっただろうが、主窪峠の地名を出してみせたように正威自身が実際に目で見て体感したものがとても及第点を与えられない代物だったからという側面もある。
 どうして、久和一門は紅槻一門を「御粗末」と評価できるほど、起脈や紅槻一門に対する情報を持っているのか。
 正威はそれについても言及する。
「各地を転々としていただけあって、紅槻一門は過去にあちらこちらの勢力といざこざを起こしている。実際、久和一門とも過去数回に渡って小規模の小競り合いを起こしてきたらしい。とは言っても、小競り合いの詳細や結果は記録として何も残ってはいなかった。実際に対峙したことのあるメンバーの名前なんかは解ったんだけど、さすがに昨日の今日じゃ話を聞くような時間は持てなかった。起脈について詳細な情報がまとめあげられていたのは、過去久和一門と実際に一悶着を起こした経緯があって、一悶着に巻き込まれたメンバーがきちんと資料に残すと言う仕事をしたからだろうね」
 一悶着を繰り広げた当時、どういう結末を持って紅槻一門を追い払ったかは定かではない。その能力を「御粗末」とまで評したのだから相当の実力差があったのは確かで、再び久和の勢力圏へ近付くことがないよう約束させて追い払うこともできただろうことは間違いないように思えたが……。
 起脈を手繰る紅槻一門を相手に再び一悶着を起こす日が訪れると、資料を残したメンバーが想定していたことを正威は考えずにはいられなかった。
 蛇足を間に挟み、正威は話を紅槻一門のルーツへと戻す。
「話が逸れたけど、紅槻一門が主に得意とした術は空間コントロールらしい。例えば、A地点からB地点を繋ぐ異空間を経由する道を作って、いざと言う時の退路を構築したりといった具合にね。他にも現世から隔絶された異空間を一時的に即席で構築したりとか、どちらかというとサポート方面の能力に特化していたみたいだ。後は呪い返しや、呪いの移し替えなんかも得意としていたと記述にはある」
「ルーツを追って見ると、起脈の原形になりそうなものを最初の段階から紅槻一門が得意としていたかもってあたりは解ったけど、昔の奥州平泉付近に今も起脈核があってそれを拡張拡張でやってきているかもってことを言いたいわけ……? 藤原氏滅亡のゴタゴタで奥州平泉から落ち延びたのに? それこそ、まさか、でしょ」
 正威としては、起脈核の所在についてそこまで考えた上でルーツの話をしたわけではなかった。寧ろ、萌から疑問を呈されて始めて、起脈核の所在が奥州平泉付近の可能性について考慮しただろう。そして、昔の奥州平泉付近に今も起脈核があり、それを拡張し続けているというのはほぼ皆無に等しいだろうと、正威も萌の見解に同意する。
「さすがに昔の奥州平泉に起脈核があるかもなんていう気はさらさらないよ。でも……」
 奥州平泉の線を明確に否定した後、そこに続けるべき言葉を正威は言い淀んだ。長々とルーツを辿った結果として、導き出せる結論が結局「解らない」という内容であり、しかも基盤とする地域が現状特定できず候補が無数に及ぶという悪いニュースをそこに示し出さねばならなかったことで、正威はばつが悪そうに言い淀んだわけだった。
 ともあれ、いつまでもばつが悪いという顔で言葉を濁したままというわけにはいかない。悪いニュースだろうが何だろうが、はっきりとそれを口にしない限り、萌が正威を開放することはないからだ。
「紅槻一門がいつ頃、櫨馬地方にやって来たかは解らない。ふと気付いたら、櫨馬地方で起脈の敷設に精を出していたって感じらしいからね。前置きが長くなったけど、結論から言うと起脈核の在処は解らない。それこそ紅槻一門が櫨馬地方で活動するようになってから櫨馬地方の何処かに設置したかも知れないし、櫨馬とは全く関係のない土地で各地を転々としていた時代に設置したものを拡張し続ける形で使っているのかも知れない」
「敷居は高いのかもだけど、起脈核を霞咲に新設しようなんて企んでるかも知んないしね」
 解らないという結論と悪いニュースを聞かされた萌は、もっと不機嫌な態度を見せるだろうと正威は思っていた。にも関わらず「可能性が一つ抜けてる」と指摘をする萌の物腰は、想像以上に柔らかい。
 星の家を牽制するという目的でさえ、いつでも設置できる起脈石なんてものを泥縄式に叩くよりも、可能ならば起脈核を叩くべきと考えるタイプの萌だ。起脈核の所在が「日本の何処か」であり、目処付けもできず、泥縄式の対応を強いられると言うことに対しては、苛々を隠そうともしないというのが普段の萌から連想される態度で間違いない。
 そんな萌を若干訝りつつ「抜けている」として指摘された可能性を、正威は捕捉と共に訂正しなければならない。
「起脈核を霞咲に新設するっていうのは、ほぼ不可能なんだ。この起脈っていうのは……」
 そこまで、正威が口を切った矢先のこと。正威は声のトーンを落としていき、そして押し黙る。
 それは二人の周囲に居並ぶ異形達がそうしたからというのもあるし、廃神社の境内を漂う雰囲気が一変したからというのもあっただろう。
「……この続きはまた後だな」
「だね。どうやら、星の家のお出ましみたいだしね」
 正威と萌の二人は顔を見合わせ頷き合った後、主窪峠の異形から受け取った異臭を放つ毛皮を被り直した。
「それじゃあ、傍観者と洒落込みましょうか」




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