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Seen01 新濃園寺の星の家


「やぁ、啓名(けいな)。時間には間に合ってるはずだけど、もしかして待たせちゃってる?」
 そう声を掛けられて、啓名と呼ばれた女が顔を上げた。
「アルフが一番乗りよ。まだプロマス多成(たなり)さんから、どれだけ遅れそうかについての連絡さえ来ていないわ」
 啓名はアルフの顔を一瞥した後、そこに安堵の表情を浮かべた。尤も、その安堵の表情もすぐに曇る形になる。上着のポケットからスマホを取り出して、再度誰かしらからの連絡があったかどうかを確認したからだ。そうやって、スマホの液晶をマジマジと見返した後、啓名は深い溜息を吐き出していた。確認結果がどうであったかなどいうまでもないだろう。
 全体的にふわっとしたミディアムの髪を掻き上げると、啓名はアルフに対して謝罪を向ける。
「急な連絡だったから、みんな色々間に合っていないみたい。せっかく時間通りに来てくれたのに、……ごめん」
 啓名は「グッドウェルネス・新濃園寺(しんのうえんじ)店」の文字が煌々と輝く電光掲示板の下に居て、そこに備え付けられた木製ベンチへ腰掛ける格好だった。上は襟首と袖下にモコモコのついた緑が基調のチェックシャツで、下はデニムのショートパンツに黒タイツを履き、そこにブーツを合わせるコーディネートだ。早朝や夜間に若干残る肌寒さを意識してのものだろう。
 一方のアルフは紺地のショート丈テーラードジャケットに襟首のぴしっとしたグレー地のカジュアルワイシャツと、下はベージュ色のチノパンという出で立ちでかちっとしたお堅い印象を受ける格好だった。ブラウンに近い短髪ブロンドの青年で、どちらかと言えば小柄な体格だろう。170cmに届かないぐらいの身長もそうだし、肉付きという点でもがっしりとした体型には見えない。もちろん、着痩せするタイプである可能性も考えられるが、首回りや袖口から覗く手首といった部分の肉付きは細い方だと言えただろう。そして、アルフという呼び名の通り、外見は完全に外国人のそれだ。
「まぁ、そんなことだろうとは思ったけどね。なにせ、余りにも招集が急過ぎるよ」
 アルフの口調には啓名へ対する非難の色はない。どうして緊急招集するという結論に至ったのかを確認しようという意志が含まれはするものの、その判断に理解を示そうとする前向きな態度がそこには存在している。しかしながら、それでもアルフは啓名に対して苦言を呈さずにはいられなかったようだ。
「それに時間も時間だ。多成さんに限らず返信がないということは、もう明日に備えて眠ってしまったってことじゃないのかい?」
 アルフが時間について指摘したように、既に時刻は深夜に差し掛かろうかと言う頃合いだ。
 新濃園寺の目抜き通りである窪抜通(くぼぬきどおり)の様子を確認するかのように、アルフはぐるりと周囲の様子を伺う。明日が平日であるということもあってか、目抜き通りの窪抜通といえども既に人の往来はほとんどなかった。
 尤も、人の往来がないというだけで、霞咲市の中心部から北西の端に位置するここ新濃園寺エリアまでを繋ぐ、片道三車線の主要幹線道である車道としての窪抜通はひっきりなしに大型トレーラーや大型トラックが上下方向共に走行しているような状態ではある。
 啓名とアルフが居る区画はそんな窪抜通に面する軽食喫茶「グッドウェルネス新濃園寺店」の広大な駐車場だった。地元密着型のローカルコンビニエンスストア・ソレイユが駐車場に併設されているため、そこも人の往来自体はほとんどないとはいえ人気がないというわけではなかった。
 ソレイユには立ち読み客が数人確認できたし、駐車場の隅の方には大型トレイラーや大型トラックが並んで停車していて運転手が仮眠を取っている様子も見て取れる。グッドウェルネス新濃園寺店も、深夜というにも関わらずそこそこ活況の様子で道路沿いのテーブル席の半数は埋まっているような状態だ。
 パッと見た限りでは深夜に差し掛かる時間帯だと言うにも関わらず窪抜通に面する店舗にはどこもかしこも煌々と明かりが灯った状態で、まだまだ夜はこれからだと言わないばかりに感じる部分も確かにある。しかしながら、週末や土日祝日といった本格的に混雑する日時であったならば、窪抜通にはのろのろ運転の渋滞の列ができ、ここいらの「大型車駐車可」の看板を掲げるコンビニやファミリーレストランなどは、大型トレーラーやトラックが駐車待ちになるほどの客の入りになるのが通例だ。
 アルフの視線を追う形で啓名も窪抜通の様子を窺い、そこに週末や土日の活況がないことを改めて認識したようだ。明日に備えて、大多数の人達が眠りにつく時間に差し掛かっていることは間違いない。
 そこまで理解してなお、それでも啓名はアルフに向けて「今やっておかなければならないことだ」と訴える。
「もちろん急過ぎるっていうのは、わたしも解ってる。それでも、アルフの起脈石設置をストップさせるためにはこのタイミングで招集を掛けておかなきゃならなかったの。無駄足踏ませるわけにもいかないじゃない」
 あまりにも急な招集連絡を、啓名はアルフが担う起脈石設置をストップさせるためだったと言う。一方、アルフは「それだったら」と、そもそもストップさせる必要があるかなについて啓名に問い直す。
「概要は送られてきたメールを読んで簡単には把握してる。けど、起脈石設置をストップさせる必要はなかったんじゃないのか? まさか、一度設置し終えたものを再び回収するなんてことにはならないだろう?」
「これから設置にあたる起脈石も同じように破壊される危険に晒される上に、しばらくは起脈へのアクセスすら満足にできない只の置物になるとしてもそう思う? 起脈石設置をストップさせなかったことでネチネチ言われでもしたら堪ったものじゃないし、わたしはここで多成さんの判断を仰いでおきたい」
 その啓名のニュアンスは多成の判断如何によっては回収もあり得ると言ったに等しかった。
 アルフは啓名がまとう緊迫感も踏まえて、招集を呼び掛けるメールに記載された以上の根の深い事態が発生していることを察さずには居られなかった。
「多成さんの判断を仰ぐ、か」
 ボソリと呟くアルフは如何にも不服といった風で、当然啓名はその理由を尋ねる。
「何か気掛かりなことでもある?」
「多成さんの判断を仰ぐことについては何も異論はないよ。けれど、申し訳ないんだけど、できればすぐにでもこの後の対応を決めてしまいたいんだ。運搬係の総栄さんももう予定通りスタンバってて、待って貰っている状態なんだよ。だからこそ、時間通りに僕がここに来たというのもあるんだけどね」
 アルフが指差す駐車場の一角には「総栄エクスプレス」のロゴが入った小型トラックが停車していた。囲いのない荷台には布が被せられて何が運搬されているかが傍目からは解らないようになっているものの、アルフの口振りから察するにそれは起脈石で間違いなかっただろう。
 今の今まで啓名は気付かないでいたが、アルフは総栄エクスプレスの小型トラックでここまで運んで貰ったのだろう。
 啓名は再度「申し訳ない」という態度を前面に押し出す形を取ってアルフに向き直る。
「今のままだと、その方向性を決めるための話し合いを何時から開始できるかも解らないわ」
 アルフは腕組みをして右手を顎に添えると、総栄エクスプレスを待たせている上で差し当たってどうするべきかを熟慮しているようだった。そうして、アルフが一頻り首を捻った後に取った行動は、一先ず多成の判断は置いておくというものだった。
「啓名の考えはどうなの? 方向性は確かにこれから決めることかも知れない。けど、啓名自身はどう進めるのが最善だと思っているんだい?」
 アルフが啓名の思いに言及したのは、例え最終決定権が多成にあったとしても、こと「起脈」に関して言えば啓名にある一定の決定権があるからだ。いくら起脈石を設置すべきと多成が考えていたとしても、啓名が強く反対する限り無理を押してまでは決行しないとアルフは考えたらしい。そして、事実多成もそうするだろう。
 そうであるならば、少なくとも啓名が起脈石設置に待ったを掛ける立場でなければ、今ここで起脈石設置を待つ理由などないに等しい。設置してしまったものを後から撤去するという選択がほぼ有り得ないのであれば、後で多成に文句を言われる可能性はあるものの待ったを掛ける必然性はない。
「今の今になってまで設置を見送る方が良いって、啓名は考えているの?」
「アルフが言いたいことも解るけど、起脈石の設置をこのまま決行するかどうかはわたしの一存で決定できることじゃなくて……」
 起脈石設置に対するスタンスを改めて問うアルフを前に、啓名は返答を濁した。ここで立場を明確化したら、多成を抜きにしてことを進めることに繋がると解っていたからだろう。
 啓名とアルフのやり取りが俄に熱を帯び始めたところで、その二人をまとめてからかうように割って入る言葉があった。啓名とアルフのやりとりを「仲睦まじい」ものとして茶化す言葉だ。
「おいおい、こんなところで痴話喧嘩か? やるにしても場所ぐらいは選んだ方が良いな。天下の往来でいちゃつかれたんじゃ堪ったものじゃねぇ」
「バックス! 痴話喧嘩なんかじゃないよ!」
「バックス。……悪いね、忙しいところわざわざ出向いて貰っちゃって」
 痴話喧嘩という単語に強く反発したのはアルフの側だった。
 啓名も啓名で最初はバックスを睨み付ける鋭い目付きをしていたのだが、すぐにアルフの時と同様に安堵の表情に取って代わってしまっていた。醜い言い争いを演じようかという状況を、敢えて茶化す言葉を持って割って入ることでぶち壊そうとしたのが感じ取れたからだろう。
 啓名とアルフの視線に晒されるバックスという男は、ショートカットの髪型で目付きが悪くどこか野性味を感じさせるタイプだった。目鼻といった顔のパーツに日本人離れした感じはないが、髪の色も完全な黒ではダークグレーに近い色で、また肌の色も東南アジア系を混ぜた濃い色だ。身長は180cmぐらいだろうか、アルフと並ぶとかなり大きく見えた。バックスという名前もただの渾名ではなく、恐らくはハーフに由来したものだろう。
 格好は、ワインカラー色のカットソーにゴテゴテとした装飾の付いた黒地で薄手のコートを羽織り、下はこれまたゴテゴテとした装飾の付いたジーンズという出で立ちだ。コートと一体になっているフードのモコモコや、首元に下げるネックレスという小物にしても、服装だけを見るならアルフよりも若く見える格好だと言えただろうか。尤も、年齢は啓名・アルフ・バックスとでそう大きく違わないだろう。十代中〜後半が精々といったところだ。
「忙しいとか言ってられない状態なんだろ? 起脈石が破壊されたんだって? しかも、主窪峠に設置したばかりの奴が人為的に。計画頓挫に繋がり兼ねない重大な懸念事項じゃねぇか」
 口走ってる言葉の内容とは裏腹に、バックスの顔付きは愉快で堪らないと言わんばかりのものだった。言い方は悪いが、イレギュラーな事態が発生することを心待ちにしていたのだろう。
 万事予定通りにことが運べば幸いなのだが、それだけではつまらないと捉えている節がバックスにはある。意図的にそういう事態を作り出そうとしたり、積極的にトラブルメイカーとなったりするようなことはない。さらに言えば、元々そういったイレギュラーな事態に対処する役割を担わされている側面もあるため、誰も面と向かってその手のバックスの態度を注意することはない。
「そんで、そんな重大な懸念事項に対する話し合いを、どうしてこんな寒空の下でやってるんだ?」
 さぞ不思議で仕方がないという顔付きで首を傾げるバックスに、啓名が溜息混じりに答える。
「プロマス多成さんから、まだ連絡すらない状態なの」
 バックスは一度キョトンとした顔を見せた後、意地の悪い笑みを灯してみせる。
「はは、多成さんの到着なんか待ってたら、何時から始められるか解ったものじゃないぜ。何せ多成さん、東櫨馬の闇市に足を運んでる。何でも、コルト・ガバメントの上物カスタムモデルが出品されるらしい。現状報告の吸い上げもそこそこに、喜び勇んで東櫨馬へ向かったって話だ。今頃、熱くなっててそれどころじゃねぇだろ」
 ご愁傷様とでも言わんばかりのバックスを前に、啓名はまさに唖然とした表情で固まっていた。
 そして、そんな啓名の横で多成が今現在身を置く状況についての説明を聞いたアルフは、闇市と言う単語を聞き露骨に眉を顰める。
「それって、そもそもメールさえも届いてない状態なんじゃないか……? 東櫨馬の闇市って確か……」
 アルフは懸念を口にしながら確信が持てなかったようだ。バックスに視線を向け、目顔で自身の懸念が正しいかどうかを尋ねる形を取った。
 アルフが何を言いたいか。バックスはすぐにそれを察し、そしてアルフの懸念が正解だと答える。
「そういや、そうだな。闇市が開催されてんなら、会場には四方数kmに渡って情報遮断のための簡易ジャミングが展開されてるはずだ。連絡してくるどころか、まず間違いなく今の事態を把握してさえいないだろうな」
 そこまで言った後、バックスはさらにふと何かに気付いたようだ。そういえばという具合に、闇市絡みの情報をそこに付け加える。何も知らない啓名に向けて多成の状況を説明した時のような、意地の悪い笑みを覗かせたのが印象的だった。
「そんでもって、闇市が開催される東櫨馬の八華河(やかがわ)アーケードと言えば、有名な風俗街・華籠流町(はなかごながれまち)の真横だぜ。しかも、闇市の開催期間と来れば絶好の書き入れ時で、八華河アーケードの外れの方にも呼び込みやら娼婦やらがびっしり並ぶらしい。むっつりスケベの多成さんだ、簡易ジャミングがなくったって今夜はハッスルしてて連絡なんざ取れなかったかも知れねぇな。コルト・ガバメントの上物カスタムモデルなんてものよりも、寧ろそっちが本命かもな」
 多成が今何をやっているかに対するバックスの推察を聞き、啓名の表情は唖然を通り越したものになる。
「最悪」
 一言そう吐き捨てた啓名は、そこに強い嫌悪感を滲ませた。尤も、からからと笑うバックスを見る冷めた目付きもすぐに曇った。自身の置かれる状況が「到底打ち合わせを開始できる状態にはない」と、改めて思い知らされたからだろう。
 啓名は再度深い溜息を吐き出すと、星の見えない闇夜を仰ぎ見た。
 そんな気落ちした啓名の様子を気にした風もなく、……いや、気に掛けたからこそその態度が伴ったというべきなのか、バックスは相変わらずの軽いノリで続ける。まるで立ち止まる啓名の背中を押して、無理矢理歩かせるかの如くだ。
「なに、多成さんが参加できないなら参加できないなりに進めるしかねぇよ。つーか、小腹も減ったし店の中で話そうぜ。詳細について聞かせてくれよ、啓名。楽しい事態になってんだろ?」
 そう言うが早いか。バックスは既にグッドウェルネス新濃園寺店へと足を向けていて、アルフが後を追っても良いものかと啓名の顔色を窺っているところだった。
 当然、啓名の口からはバックスを制止するための言葉が続く。
「バックス、待ってよ。他にも呼んでるメンバーが! それに詳細なんて、まだ全く掴み切れていない状態だし……」
「それでも、聞かないことには何も始まらねぇよ」
 啓名の制止に足を止めたバックスは、顔だけを啓名の方へと向ける形でそう答えた。
 啓名は言葉に詰まったようだ。そこに続けるべき言葉が見付からなかったのだろう。
 確かに、そこでそのまま誰かからの連絡を待っていたって何も始まらないのは分かり切ったことだ。建設的にものごとを進めたいのならば、バックスの言うように多成抜きでも準備できることは準備しておくべきなのだ。多成の判断を仰ぎたいとする事案もあれば、多成がどう出ようとも啓名が啓名自身の手で確認し処理しなければならないこともある。
「……状況説明しかできないと思うけど、それでもいいなら」
「まぁ、何にせよ腹拵えしながらにしようぜ? こんなところで長話なんかしたら風邪引いちまう」
 バックスはそう言うが早いか、啓名に背を向けグッドウェルネス新濃園寺店へと足を向けていた。
 腹拵えをするといってしまうと身も蓋もないが、何かつまみながらの打ち合わせと置き換えれば啓名も反対する理由などなかった。状況説明をするにしろ、ここでは地図や写真といったものを表示させたスマホを置くテーブルすらない。深夜の時間帯はまだ肌寒さを感じる気温であるのも確かであり、暖を取ってリラックスした方が頭の回転も良くなり妙案も浮かぶだろう。
「そうね、あたしも暖かくて美味しい紅茶と甘いケーキか何かが欲しいところだわ」
 バックスの意見を肯定してまえば、寒空の下、電光掲示板の下に設置されたベンチに座っている理由など無かった。啓名は足下に置いたハンドバックを手に取り、バックスの後を追うべくベンチから立ち上がろうとする。
 アルフが右手を差し出したのは、まさにそのタイミングだった。
「僕もこれから設置する予定の起脈石が只の置物になるかも知れないってあたりについては、詳しく聞いておきたいね」
「もう粗方予想は付いているかも知れないけど、……酷い状態になってるわ」
 啓名はアルフの手を取ってベンチから立ち上がると、一足先にグッドウェルネス新濃園寺店へと向かうバックスの後を追った。


 グッドウェルネスとは霞咲市を中心にローカル展開する軽食喫茶であるが、比較的安価な価格帯で種類豊富なメニューを提供するファミリーレストランライクな店舗である。主要幹線道に立地する店舗は全て二十四時間体勢で営業しており、深夜の時間帯に置いては主に陸上輸送関係者の利用が大半を占めている。素材に拘るタイプの店ではないが、肝心の味は悪くなく、そこそこの値段でそこそこ美味しい料理が食べられるというのがこのグッドウェルネスの評判だ。
 啓名達の入店した新濃園店はファミリーレストラン色の強い店舗の内装で、夕食時にはファミリー層も多く訪れるためか二十を超えるテーブル席を持った大型店だ。尤も、平日の深夜に差し掛かる時間帯であるため、テーブル席はその1/4も埋まってはおらず、啓名達は窪抜通に面した窓際の席へと通された形だった。席は四人がけのテーブル席で、バックスが窓側、アルフが廊下側に隣り通しで座り、バックスの向かいに啓名が座る。
「それではご注文を繰り返させて頂きます。ご注文はジャンボハンバーグ定食ご飯大盛り、カツサンドセット、ティラミス、ダージリンにドリンクバー二点で宜しかったですか?」
 可愛い系というよりかはどちらかというと格好良い系の服装をしたグッドウェルネスの女性店員が注文内容を繰り返す。特にピシッと襟が整ったワイシャツに黒字のタイトスカートという出で立ちは、動き易さよりも見た目を重視した感が強く、引き締まった印象を与える。一見すると、ファミリーレストラン色には相応しく無いようにも見えるが、こと新濃園店の雰囲気に対して言えば良い意味でファーストフード店らしさを排除するのに一役買っていると言えただろうか。
 一通り繰り返された注文内容を聞き、アルフは啓名・バックスと顔を見合わせた後、問題ない旨を答える。それは問題旨を確認するためのものというよりも、注文に対して変更がないかどうかを確認したものだったろう。
「オーケーです。ただ、ティラミスとダージリンは食前でお願いします」
「解りました。それでは、ドリンクバーは店舗入口向かって左手側にあるサーバーをご利用下さい。それと……」
 アルフはまだ店員と何やらやり取りをしていたようだが、啓名はその横でバックスに向かって呆れた調子で口を切る。
「バックスあんた、ジャンボハンバーグ定食って……、しかもご飯大盛り? 小腹が減ったなんてレベルの注文じゃないんだけど?」
 そこには、これから打ち合わせをするという場に対して「相応しくない注文」だと非難の意図も見え隠れする。尤も、それを言ったら、アルフの注文であるカツサンドセットなら良かったのかという素朴な疑問も生じるわけだが、少なくとも「小腹が減った」といった内容に相応しく、且つ打ち合わせの場のテーブルに置かれていても違和感のないものがカツサンドセットの方であることは言うまでもないだろう。
「長い夜になりそうな雰囲気なんでね。ここらで本格的に腹拵えしておいても損はないんじゃないかと思ったわけだよ」
 呆れを多分に含んだ啓名の視線に晒されながら、バックスはしれっと答えた。
 長い夜という言葉をバックスが使ったことに、啓名は心底戸惑ったようだ。
 この場で事情説明を聞くだけなら、そんなに多くの時間は必要としない。それはつまり、この事情説明の後に続くものをある程度推測できているからこそ口を突いて出た言葉のように聞こえた。若しくは、事情説明を聞いて「はい、お仕舞い」で済ますつもりがないからこそ、口を突いて出た言葉のようにも受け取れるのだ。
 バックスをマジマジと見返す啓名を前に、当のバックスは大きく伸びをして見せた。まるで、追求の視線がその場に存在しないかのように振る舞って見せるバックスを前に、啓名は我慢できないというかの如く口を開こうとした。
 しかしながら、実際に啓名の口からバックスにその真意を尋ねる言葉が向けられることはなかった。
 グッドウェルネスの店員とのとりとりを終えたアルフが、絶妙のタイミングで割って入ってきたからだ。
「さて、それじゃあ僕がドリンクバーを注いでくるよ。バックスは何が良い? 啓名も水か何か必要かい?」
 席を立つアルフにバックスが即答する。
「烏龍茶を頼む」
「了解。啓名はどうする?」
「……いい。必要ない」
 余りにも素っ気ない啓名の対応に、アルフは一度首を捻って見せたが特に気にした風はない。
 態と絶妙のタイミングで、アルフがそこに割って入ったと言うことはないだろう。そんなことを狙ってできるタイプでもないし、仮にそんなことを実際に意識してやっていたら、その後の挙動は平静を装ってボロを出す酷いものになっていたはずだ。
 ともあれ、そうやって一度話を切り出すタイミングを逸してしまったことで、啓名は「長い夜」とバックスが口にした真意を確認できなかった。当然、啓名はすぐに仕切り直しも視野には入れていたのだが、ティーポットを手に持つグッドウェルネスの店員がすぐにそんな啓名の視界へと入る形で、横やりなく真面目な話を続けられる状況にはなかったのだ。
 アルフがソフトドリンクを注ぎ席に戻って来るまでの間に、グッドウェルネスの店員がティーポットに入ったダージリンとティラミスを運んでくる。ティラミスは作り置きのものを冷蔵庫から取り出しただけだろうし、ダージリンの方もマニュアルに沿って規定量の茶葉をティーポットに落とし、紅茶を煎れるのに適した温度で保温しておいた湯を注いだだけのものだろう。そこに高級感は求められないが、ファミリーレストランが提供する品としては妥当な無いようだったろうか。
 グッドウェルネスの店員が啓名の前に注文の品を揃えたところで、アルフがドリンクバー二人分を持って席に戻り、グッドウェルネスの店員が一礼をして去っていったところでバックスが待ってましたと言わないばかりに口を切る。
「じゃあ、まずは状況説明から聞いていこうか?」
 バックスは烏龍茶の注がれたグラスを手に取ると、ぐぐっとソファーの背もたれへともたれ掛かった。それは完全に聞く側に徹した体勢だと言えただろうか。
 一方、アルフの方はと言えば、ソファーへと浅く腰掛ける体勢を取っていた。尤も、啓名の状況説明と分析を聞くという姿勢に変わりはない。
 バックスとアルフに聞き手の姿勢を見せられて、当の啓名は顔を顰めて見せる。そこに、話を進めるに当たって啓名が必須と考えている人物がその場に顔を揃えていないからだ。当然、啓名の口からはまだ「必須の人物」が揃っていないことに対する言及が口を突いて出る。
「プロマス多成さんにもう一度連絡を入れてみて、それでも駄目なら……じゃ駄目かな?」
 多成が今何をしているかをバックスの口から聞かされている以上、啓名もすぐに連絡が取れないことなど重々承知の上だ。にも関わらず、啓名がそうやって多成の一報に言及したのにはわけがあった。
 多成に拘る啓名の様子を前に、バックスはその背景にあるだろうものについて言及する。
「北霞咲への起脈設置関係は多成さんが仕切りなのか? だったら尚更、連絡なんて待つまでもねぇよ。そんなん、あの人は点数稼ぎしか頭にないんだから、計画見直しなんて案をそもそも承認するはずないだろ?」
「それはそうかも知れないけど……」
 頭では解ってる。さも、そんな雰囲気を歯切れの悪い言葉に滲ませながら、啓名はそのまま話を進めることをまだ渋って見せた。
 多成の頭には点数稼ぎしかないこと。計画見直しを了承するはずがないこと。
 啓名にはそれらを否定するつもりなどさらさらなかっただろう。寧ろ、全く持ってその通りという意識だったかも知れない。にも関わらず、それでも啓名が話を進めることを渋り、多成への連絡に拘ったのはそのまま済し崩し的に今後の対応が決定してしまうことを恐れたからだ。
 その場にバックスが居るということが、啓名にその不安を抱かせた尤もたる所以の一つだった。バックスが待ち合わせ場所に、それも時間通りにやってきたのを啓名が喜んだのは確かだ。しかしながら、この打ち合わせの場にアルフとバックスしか顔を揃えていないというのは、啓名に取っての悩みの種だった。
 とかく、バックスとは、意志決定権を持つ人物の居ない場であっても、その後の対応をさらりとまとめ上げてしまうことが多々ある人物なのだ。済し崩し的に今後の対応を決めてしまったことで「取り返しの付かない事態」に陥ったことは数えるほどしかなかったが、それでも陥ったことがあるのも事実としてある。
 バックスという人物を多くはこう評価する。洞察力に優れ、且つ収集した情報を的確に分析することができる。また、情報を正しく理解し己の判断の下、強い決断力を持って行動することができる。その反面、上層部に対する報告や確認を軽視する癖があり、管理者サイドからはしっかりとコミュニケーションを図りコントロールする必要がある。
 啓名もそのバックスの評を身をもって体験している内の一人だった。
 多成が自身に対する「報告」「連絡」「相談」を重視する人間だというのも、この場で啓名が状況説明を続けることさえも躊躇って見せる理由の一つだったが、やはりその態度はバックスの存在が大きい。せめて、この場に多成が居ないまでも、バックスの言動を抑制できるメンバーが居ればまだ啓名の態度も違っていただろうか。
 そんな啓名の胸中を知ってか知らずか。バックスは相変わらずの軽いノリで、啓名に状況説明を促す。
「始めちまおうぜ、啓名。多成さんが何を宣うかなんて分かり切ったことだ、事後報告で良いさ」
 唯一の救いは「きちんと話を付けて置きさえすれば」という前提条件が付くものの、バックスは後のフォローをしっかりやってくれるという点だろう。多成に対する事後報告を任せてしまれば、バックスはしっかりとその役目をこなして見せるだろう。
 テーブルへと両肘を付き、その手の上に額を乗せる格好でしばらくうんうんと唸っていた啓名だったが、意を決したようにティーカップを一気に飲み干すと鋭い視線をバックスへと向ける。
「あー、もう! 後でネチネチ言われるのはわたしなんだからね?」
 啓名はそう吐き捨てると、観念したようだ。手慣れた手つきで携帯情報端末を操作して液晶画面に主窪峠周辺の地図を表示させると、それをテーブル中央へと配置する。
「まず今回潰された起脈石は、わたしとハルと土倉(つちくら)君とで主窪峠に設置したばかりのものよ。ばかりとは言ったけど、正確には設置してから五日目で潰された格好になるわ」
 啓名は液晶画面上でピンチインして地図を拡大すると、バックスとアルフに場所を確認するよう促した。
「何て言うか、……随分とまた辺鄙な山奥に設置したんだね。アクセスさえも一苦労しそうな感じだけど……」
 起脈石を設置した主窪峠の詳細な地点を確認したアルフからは、身も蓋もない率直な感想が漏れた。
 啓名は続け様に画面をスワイプさせていくと、もう一つ櫨馬と霞咲とを繋ぐ山中の道を拡大して見せる。地理的には辺鄙な山奥という状況は変わらないが、主窪峠よりもより櫨馬市に近い場所である。
「そして、調べてみたら、実は、主窪峠の起脈石よりも前に、桂河(かつらがわ)へと設置した起脈石も破壊されていたことが解った」
 桂河の起脈石について言及した啓名の表情は苦虫を噛み潰したかのようだった。言い出し難いという風に、最初、言葉をいくつも句切ってみたのも印象的だった。
「起脈石が破壊されたとは聞いていたけど……、ここ最近設置したのは両方潰されちゃったってわけなのか」
 驚きながらアルフが実情を簡単に総括したように、啓名が関係者収集のためにばらまいたメールにはそこまでの詳細な内容は記載されていなかった。
 それまで黙って啓名の状況説明を聞いていたバックスだったが、ここに来て我慢できないという風に啓名へと口を切って質問を向ける。そこには既にバックスらしさの軽いノリはなく、啓名に向けた鋭い炯眼がある。
「それよりも前にってことは、桂河のが最初に破壊され、続けざまに主窪峠のもやられたってわけか?」
「そうなるわ」
 バックスの認識が正しいと啓名が肯定すれば、そこにはすぐに続けざまの質問が続く。
「桂河の起脈石が破壊されたと気付いたのは、主窪峠の起脈石が壊されたと解った後で間違いないんだな?」
「えぇ、それで間違いないわ」
「それはつまり、桂河の起脈石が破壊されたことに俺達は気付けなかったって認識で良いんだな?」
 バックスが何を明確化したかったかをようやく理解して、啓名はその質問にただただ無言で頷くしかなかった。
 その質問に際して「俺達は」という言い方をバックスはしたが、起脈石のコントロールに対して責任を持つのは啓名の側だ。そして、バックス自身、そのセンテンスに際して意図せず口調がきつくなっていたのも事実だった。取り立てて、啓名を責める意図はなかっただろうが、当の啓名が萎縮したのも事実だったろう。
 しかしながら、バックスはそんな啓名の様子を知ってか知らずか、さも愉快で堪らないといった風に状況分析を続ける。そこには「してやられた」ことに対して、自身を含めた不甲斐ない星の家を叱咤激励する意図が垣間見える。
「そうなると桂河の起脈石を破壊したはいいが当の俺達が気付く気配さえないから、主窪峠のはわざわざこっちが把握できるように破壊して下さった可能性もあるってことだな。気付かなった俺達も俺達だが、はは、全く舐められたもんだね。このまま舐められたままでいいか? そんなわけはねぇな!」
 気炎を上げるバックスを横目に、今度はアルフが啓名に質問を向ける。そこにはバックスほどではないにしろ、態と星の家のメンバーが気付くよう起脈石を破壊した可能性を意識している様子が滲む。
「桂河の起脈石がいつ破壊されたかは解らないのか?」
「解らない。解らないぐらいに、ものの見事に潰されていた」
 アルフの疑問に対し、啓名は明らかに声のトーンを一つ落として答えた。そこには自身の不甲斐なさを恥じる啓名の様子が見え隠れしていた。そして同時に、起脈石を破壊したものが相応の実力を持った「敵」であることを、啓名の言葉は示唆していた。少なくとも、起脈石破壊という行動を啓名に悟らせない程度には、巧みに破壊工作をやって退けることができるのだ。
 ともあれ、声のトーンを落として意気消沈気味の啓名を笑い飛ばすかのように、場には不敵なバックスの言葉が続く。
「はは、そいつは愉快だな」
 尤も、そんな不敵なバックスの態度は、気落ちした啓名の対応をいくらか改善させたのだろう。
「破壊された正確な日時はまだ解らないけど、わたし達が主窪峠での作業を終わらせた時には間違いなく桂河の起脈石はまだ生きていた。だから、桂河の起脈石が破壊されたのは五日前からつい数時間前までの間のことで……。ここからはわたしの推測になるけど、恐らくは主窪峠の起脈石を設置した後すぐにやられていると思う」
 畏まったかのような辿々しい態度は僅かにその端々に残ったものの、啓名が自身の推測を混ぜて続けた状況説明の言葉は声のトーンを完全に回復させていたからだ。
 啓名の推測を聞いたアルフもバックスも「どうしてそう思うか?」を尋ねなかった。それは啓名という人物が根拠のない推測を口にするタイプではないことを知っているからだろう。そう言うからにはそれなりの理由を持っていて、そして恐らく大きく外れてはいない。
 バックスは大きく頷き返した後、それを踏まえて話題を変える。まだまだ確認したいことは山積しているようだ。
「桂河と主窪峠の起脈石とで、RF(アール・エフ)の展開具合はどうだったんだ?」
「桂河の起脈石も、主窪峠の起脈石も、北霞咲への起脈の整備を考えるなら、櫨馬からの中継点として最適解に成り得る重要な起脈石よ? 当然、どっちも万全の準備の下、敷き詰めたわ。初めて北霞咲へ設置する形になった桂河に至っては、わざわざ補助体をばらまく面倒極まりないやり方でネットワークを構築、その上でRFを展開させた」
 俄にバックスが啓名に起脈石破壊の順番を聞いた先のやり取りの店舗がそこに再現されて、啓名の額には粒の細かい汗が浮かび上がっていた。それでも、そこに意気消沈した時の、声のトーンを落とした啓名の声色はない。
「RFはどんな形で破られ、起脈石はどんな風に潰されていたんだ?」
「それは、……これから調査するわ」
 想定外の言葉が返ってきたのだろう。バックスはそこで一旦ピタリと啓名に質問を向けるのを止めた。そうして、店舗中央の柱に設置された壁掛け時計を瞥見する。
 既に時刻は日を跨ごうかという頃合いに差し掛かっている。
「これから? 明日の朝一からじゃ駄目なのか? せめて日が昇るぐらいの時間まで待つとか。今から移動も踏まえてって話だと夜通しになるぞ?」
 起脈石が破壊されるという事態はあくまでイレギュラーである。このイレギュラーに対して、事前の備えなんてものができていたわけはない。即ち、これから調査するとは強行軍をするといったに等しい。
 強行軍の再考を促したバックスだったが、啓名の意志は固い。
「幸か不幸か、主窪峠の起脈石が破壊されてからはまだそんなに時間が経っていないわ。色んな痕跡が残っているだろう今の段階で、調査するのがベスト」
 そこには起脈石が破壊されたことに気付けなかった啓名の負い目が垣間見えた。そして、今度はしくじらないという強い思いも同時に見え隠れする。敵勢力の情報を蚤取り眼で拾い取り、何物をも見落とすまいというわけだ。
 本音を言えば、啓名の思いは別にして、バックスとしては日が昇る時間帯まで待つべきだ考えていた。
 これから調査に行く場所は深夜の山間部で、自動車の走行できる山道からも外れた場所だ。灯りという灯りなど手持ちのライトぐらいしか望めず、調査はほぼ暗闇の中でのものとなる。それも起脈石を設置した近辺だけを見て回って「はい、おしまい」ではない。本調子ならば見付けられるものも、見落としてしまうのではないか。「せめて日が昇るぐらいの時間まで待つ」と言ったバックスには、そんな思いがあった。
 日が昇る時間帯まで待つという選択は、気を張ることで知らず知らずの内に蓄積された疲労を仮眠でいくらか回復することも可能だ。目に見える形での疲労の色を、啓名の表情から見て取ることはできない。しかしながら、バックスの目に映る啓名は確かに気を張っていて、多かれ少なかれは疲労の蓄積があるはずだった。
「それもそうか。そうだな、啓名の言う通りだ。初動は早ければ早いだけ良い、か」
 啓名の意見に理解を示した言葉の内容とは裏腹に、バックスの表情には不服の色が滲み出ていた。そのままゆっくりとソファーへもたれ掛かると、バックスは啓名の言葉を踏まえて色々と思うことがあるようだ。視線を空へと向けてしまえば、ここには存在しない記憶の中の何かに目を向けたのだろう。
 尤も、そんなバックスの熟考は、啓名の調査に対してアルフが懸念を向けたことでぷつりと途切れる。
「でも、そうなると、主窪峠の起脈石を破壊した犯人と、現場で鉢合わせる可能性も考えられるってことになるよね?」
「えぇ、そうなるわ。可能性としては、わたし達が調査にやってくるのを待ち構えているっていうのも考えられるわ」
 アルフの懸念が十分あり得ることだと肯定する啓名は、さらに一歩踏み込んだ敵勢力の動きも想定していた。
 敵勢力の動きに対する啓名の想定に、バックスは目を丸くする。その顔は合点がいったと言わないばかりだ。
「あぁ、なるほど。そう言う意味でも、だから、多成さんか。ある程度、人員を揃えて望みたいたわけだ」
 プロジェクトマスターである多成が必要だと判断し予算を割けば、人員を集めることは容易いだろう。
 プロジェクトを統括する立場にない啓名では、この予算という部分はどうやってもどうこうすることができない。金銭面だけを言うならまだポケットマネーの投入という手を取ってどうにかできなくもないだろうが、人員を集める効率度合いや質という観点まで見るならも、プロジェクトマスターの要請という形は強い。
 尤も、だからと言って質まで踏まえた人員を啓名に集める手段がないかと言えば、そういうわけでもなかった。プロジェクトに関わっていない繋がりを持つメンバーに対し「借りを作る」という形で、啓名が個人的に収集することは十分可能だ。まして、啓名は起脈という星の家の根幹的な部分に対し専門的な知識を持っており、啓名でなければできないような動きができる特別な人材である。星の家の構成員であれば、借りを作っておいて損になる相手ではない。
 もちろん、あくまで個人的に集めるという形である以上、収集できる面子は啓名と面識や交流のある星の家のメンバーに限られる。それでも、敵勢力と衝突する可能性がある上で「戦闘要員を揃えたい」という要求を満たすぐらいの顔の広さを啓名は持っている。
 信頼できる戦力を「直近で揃えたい」という部分さえなければ、それこそ多成に頼る必要などなかったかも知れない。
 個人的に人員を収集するという手を啓名が実際に思い描いていたかどうかは解らない。しかしながら、啓名は多成の同席を求めた理由について、人員収集よりも重要な懸念があると答える。
「それも確かに理由の一つだけど、多成さんにはこのまま今夜決行予定だった起脈石設置を進めて良いかどうかの判断を仰いでおきたかったの」
 その啓名の口振りは人員収集など大した問題ではないという風だった。
 一方、予定通りにことを進めるべきかどうかを迷っていると言われたバックスはぽかんとした表情で固まっていた。まさに「何を言っているんだ?」と言わんばかりに眉を顰めて見せた後、そこには乾いた笑いが口を突いて出る。
「はは、多成さんが、あの多成さんが起脈石設置の指示を撤回するわけないだろ? まして、この件に関して言うなら、多成さんはプロジェクトマスターで、このプロジェクトの頭取ってんだろ? だったら、そっちは撤回に対して是が非でも首を縦に振るわけがねぇよ」
 多成の性格を踏まえたバックスの見解を聞き、今度は啓名とアルフがぽかんとした表情をする側に回っていた。何か反論しようにも、バックスの見解が全面的に同意できる内容で返す言葉が無いのだろう。
 それでも、ここに来て俄に嫌な予感を覚える啓名は何か反論を返したかった様子だった。揚げ足取りでも何でも良い。そのままバックスの見解に同意してしまったら、済し崩し的にことが動いてしまうと感じていたのだろう。しかしながら、反論は返せなかった。
「アルフ、そっちは決行だ。確認なんかするまでもねぇよ」
 起脈石設置の決行を言い切って見せたバックスに対して、アルフと啓名の反応は一見すると全く同じものになる。
「バックス」
「バックス!」
 それはバックスの名前を呼ぶという反応だったが、その反応の中身は大きく懸け離れたものだった。
 アルフからバックスに向いた感情は尊敬に近い。
 自分達が置かれる状況を踏まえて「そうするべきだ」という意見を臆することなく、自信満々に言い切ってみせる。そうやって独断専行することで痛い目を見たことがあるにもかかわらず、その姿勢は全く揺るがず、そこには有無を言わさぬ迫力を伴う。
 啓名からバックスに向いた感情は強い非難の混じった拒否である。啓名自身、恐らく「そういう結論になるだろう」という漠然とした思いはあるのだろうが、それを多成の口から引き出したいという思いがその根底にはある。
 しかしながら、バックスは啓名の非難など意に介した風もない。
「まず間違いなく主窪峠や桂河と同じように潰されるだろうが、それでも先送りする理由になんざならねぇよ。もちろん、ただただ潰されるって言うんじゃ面白くも何ともないから、設置後どんな奴らが潰しに来るのか、そこはしっかり罠を張って高みの見物と洒落込もうぜ」
 バックスがほぼ確実に潰される可能性を踏まえた上で「決行」と言い切ったことを理解すると、啓名は信じられないと言わないばかりに目を覆って頭を振った。
「もう勝手にすれば!」
 啓名はそう吐き捨てるのがやっとの様子で、これ見よがしに大きく深い溜息を吐き出して見せる。
 ただただ押し負けたに過ぎない啓名のそんな反応を前に、バックスはまるでお墨付きを貰ったとでも言わないばかりの反応を返す。
「結論が出たぜ、アルフ。これで各々直近のやることは決まったな!」
 バックスに肩を小突かれ、アルフは当惑した様子を隠さなかった。本当に啓名をこんな形で押し切ってしまって良いのかどうか不安で堪らないのだろう。啓名の様子を横目に窺う仕草を隠そうともしない。尤も、眉間に皺を寄せつつも啓名がバックスに対して反論しない状況に置かれ、アルフも腹を括る。
「解った。僕は予定通り起脈石の設置に当たるよ」
 むくれる啓名を尻目に、アルフはバックスに目顔で尋ねる。各自やることは決まったといっておきながら、バックス自身がどうするのかについては言及していなかったからだ。
「それじゃあ、俺は調査の方を付き合うことにするぜ、啓名」
 バックスの申し出を聞き顔を上げる啓名は、驚きを隠さなかった。同時に、疲弊の色が見え隠れする顔色だったが、その申し出を境にして心なしか元気を取り戻した様にも見える。返す言葉にしても、そんなことを自ら申し出するなんて「らしくない」とからかうものだ。
「へぇ、随分と気前が良いじゃない? どういう風の吹き回し?」
 もちろん、ここまで事情を知り、多成の判断を待たず済し崩し的にことを進める原動力となったバックスが、この後の対応に首を突っ込んでこないわけはない。啓名としては、起脈石の破壊された主窪峠を地道に調べて回る退屈な調査にバックスが同行するということが意外だったのだ。てっきり、バックスはアルフに同行すると啓名は考えていた。
「万が一、起脈石を潰した連中と鉢合わせした場合、啓名一人じゃ対処の仕様がないだろ? それとも、人員追加に誰か心当たりでもあるのか?」
 啓名はほぼほぼ痛いところを突かれたようだった。敵勢力が主窪峠に居座っていた場合、啓名が一人でできる対処などないに等しい。相手の様子を窺うだけ窺って、黙って戻ってくるのが精々だろう。人員追加の心当たりについても、現時点で確実に確保している面子は一人も居なかった。だから、啓名はそこで一度言葉に詰まる形で押し黙ると、さらりとからかう態度を切り替え素直に感謝の意を述べる。
「まぁ、ここはありがとうと言っておくわ。助かる」
「とはいえ、本当に鉢合わせした時のことを考えると、もう一人二人は兵隊が欲しいってのも事実だな。中西(なかにし)と、レーテ辺りを引っ張ってこようか。あいつら、どーせ、暇を持て余してるだろ」
 そう閃くのが早いか、バックスはその場の勢いのままにスマホを取り出しコールを開始する。そこに啓名が口を挟む間など与えなかった。
 今まさに啓名はバックスの良い面と悪い面を、その身を味わっているのだろう。
 バックスが名前を挙げた二人は、中西が啓名同様に起脈をコントロールする能力を持っており、レーテの方がバックス同様に遊撃みたいな立ち位置を取る星の家のメンバーだった。
「おお、レーテか? 楽しい話があるんだ」
 バックスが真っ先にコールしたのは、先程名前を挙げた内のレーテのようだった。
 開口一番、楽しい話があるなんて切り出し方をされたら「レーテが警戒するんじゃないか?」という不安を抱いた啓名だったが、そこに割って入るようなことはしなかった。尤も、そのまま良く解らない軽いノリが続き、レーテが呆れて通話を切るような事態になった場合はその限りではない。当然、啓名がフォローの電話をする羽目になるだろう。
 そんなこんなで、バックスが暴走しないよう聞き耳を立てる啓名だったが、その行為もすぐに中断することとなる。グッドウェルネスの店員が、サービスワゴンに注文した料理を載せて運んできたからだ。
「お待たせしました。カツサンドセットと、ジャンボハンバーグ定食になります」
 ジャンボハンバーグ定食の下りでバックスが軽く手を上げ、じゅうじゅうと肉の焼ける音が鳴る鉄板のプレートがテーブルへと置かれる。定食とあるように、そこにはさらにご飯と数種類の生野菜からなるサラダとコーンスープが付く形だ。
 続いてアルフがカツサンドセットの乗った皿を受け取り、テーブルには全ての注文が揃った。
 改めて、打ち合わせの席としてはあるまじきテーブル状況だと言えたが、既に大凡の今後の対応が決まってしまった後の腹拵えとしては適当なのだとさえ思えた。
「以上でご注文の品はお揃いでしたでしょうか?」
 グッドウェルネスの店員から注文の確認を求められ、アルフは啓名の顔を伺った。それは割と本格的なディナーが並ぶテーブル状況を踏まえ、何か追加で注文するかを目顔で確認した形だ。
 既にティラミスは半分を食べ終えた状態だったが、これから夜通し活動することを考えた場合、若干心許ないのは否めなかった。しかしながら、結局啓名は首を横に振る。
「ええ、これで全部です」
「それでは、ごゆっくり」
 店員がぺこりと一礼してその場を去った後、アルフが改めて啓名に確認する。
「本当に、追加で注文をしなくて良かったのかい?」
「知ってる? 夜に食べ過ぎると太るんだよ。それに現地で何かつまめるよう軽い食料と、ペットボトルのお茶ぐらいは買っていくつもりだから」
 そう答えた啓名は、バックスのレーテとの通話状況に目を向ける。もちろん、そこには拙い事態に陥っていないかを確認する意味合いもあったのだろうが、どちらかというと純粋に通話の終わる気配があるかどうかを確かめたのだろう。もし、すぐに終わる気配があるようなら、バックスの通話が終わるのを待って残りのティラミスを食べ始めるつもりだったのだろう。
 しかしながら、そこに通話の終わる気配は微塵も存在せず、バックスと通話するレーテの反応もあくまでバックスの口調から推察するしかなかった。
 啓名はすぐにバックスの様子を伺うことを止めてしまった。交渉に関して言えば、成るようにしかならないとでも思っているのか、人員の追加があろうが無かろうが主窪峠へと足を運ぶことに変わりはないと思っているからだろうか。そして、通話の終わるが微塵もないというところも、それを後押ししたのだろう。
 啓名は食べかけのティラミスをフォークで一口サイズに切り取ると、それを心底堪能するかのように目を閉じて咀嚼した。ほぼ冷めてしまったカップの紅茶を飲み干すと、ポットからまだ暖かい紅茶を注ばそこに広がる柔らかい匂いに頬を緩める。
 アルフもアルフでカツサンドを口に頬張って食しており、後には必然的にレーテと携帯端末越しに会話をするバックスの一際ノリの軽い言葉だけが響く形となる。
「あぁ、楽しい話だ。星の家に敵対する勢力と、面と向かって喧嘩できるかも知れないっつー楽しい話だ。あー、何? 俺と違って好き好んで喧嘩なんかしたくないって? まー、そうも言ってられない状況なんだよ。実は霞咲で起脈石を二つ潰された」


「ありがとうござました、またお越し下さいー」
 間延びしたグッドウェルネスの店員の言葉を後に、アルフが真っ先に店舗を後にする。
 バックスと啓名がアルフに続いて店舗を出ると、既に時刻は日を跨ぐ頃合いになっていた。
 起脈石設置をそのまま続行すると決めたことで、やるべきことが定まったからだろう。アルフは先を急ぐかのように、グッドウェルネス新濃園寺店の駐車場に停車する総栄エクスプレスの小型トラックへと向かっていた。恐らくは、別れの挨拶もそこそこに、アルフは第三の起脈石設置ポイントへと向かうつもりだったろう。
 そんなアルフを、バックスが背後から呼び止める。
「アルフ。ないとは思うが、桂河のも主窪峠のも人為的に破壊されてるんだ。これから起脈石を設置するって状況で襲撃される可能性もある、気を付けろよ」
「あぁ、解ってるよ。忠告ありがとう。まぁ、仮に襲撃を受けても返り討ちにしてみせるさ」
 アルフのその台詞は、どちらかと言えば「上手く対応してみせるから心配しなくていい」という意味合いのものだ。実際に襲撃を受ける事態に陥った時、本気で「相手を打ち負かしてみせる」といった好戦的な態度を体現させたものではなかった。返り討ちという強い言葉を使ったのも、自身を奮い立たせるためだったろう。
「馬鹿か、お前は! アルフ、お前の役目は運搬係の総栄さんに被害が及ばないようにすることだ。相手を撃破することじゃない。もしも、襲撃を受けた時、多勢に無勢ならば起脈石なんか潰されても良い。起脈石を囮に使ったっていい。間違っても、相手を返り討ちに取ろうなんて思うな」
 気を吐いて見せたアルフに対し、バックスが向けたものは叱責だった。
 もちろん、アルフが本気で敵勢力を返り討ちに取るべく行動するなんて、バックス自身微塵も思ってはいなかっただろう。それでもアルフをわざわざ叱責して見せたのは、敵勢力の襲撃が現実に起こり、且つアルフが色を為した時に、間違っても相手を撃破しようなどと思わぬよう念を押した格好だ。
 堅い服装を好み、紳士を気取った温厚な性格をしているように見えて、色を為した時にはアルフが苛烈な気性を伴うことをバックスは良く良く知っている。
 バックスからの叱責を受けたアルフは一度ぽかんとした表情を間に挟み、そして、苦笑する。
「うん、そうだね。バックスの言う通りだ。そういう事態に陥った場合には、総栄さんに被害が及ばないよう全力を尽くすよ。肝に銘じておく」
 短気な性格ではないものの、一度頭に血が上ると回りが見え難くなることについてはやはり自覚があるのだろう。肝に銘じるという形で、アルフはその忠告を真摯に受け止めるのだった。
 アルフは右手を挙げるジェスチャーで別れの挨拶をすると、総栄エクスプレスの小型トラックへと改めて足を向ける。
 総栄エクスプレスが起脈石運搬に用意した小型トラックは、運転席と助手席がある一列目と三人掛けの後部座席からなるトレーラーヘッド部に荷台が連結する形のもので、アルフはその後部座席に乗り込かんだ。運転席と助手席には総栄エクスプレスのロゴが入った繋ぎ姿の社員が座り、後部座席にアルフともう一人星の家の構成員が座る形だ。
 アルフが後部座席に乗り込んだ直後、総栄エクスプレスの社員と軽く何かやり取りをしている様子も窺えたが、恐らくは待たせたことに対する謝罪と今後の対応についての説明をしていたのだろう。アルフが後部座席のシートへと座り直したところで、総栄エクスプレスの小型トラックは今時珍しいレベルのけたたましいエンジン始動音を響かせた。運転席側のガラスがすーっと降りて、目深に帽子を被った総栄エクスプレスの社員が啓名とバックスに対して会釈をした。
 啓名は総栄エクスプレスの小型トラックが窪抜通へと合流するまで見送った後、ゆっくりとバックスへ向き直る。
「レーテと中西君は来てくれるって?」
 バックスへと向き直った啓名は、開口一番、主窪峠の起脈石を調査するに当たって人員の追加があるのかどうかを訪ねた。人員収集については二義的な問題という風に言ったものの、やはりその有無については気に掛かるようだ。もちろん、ないよりは有った方がいいのは言うまでもない。
 バックスは小さく舌を出すと、お手上げのポーズを取って見せた。思うようにはいかなったというわけだ。
 バックスのそのジェスチャーからは当てが外れたことについて「申し訳ない」と思っているかのような節が窺えはしたものの、その態度からは少しも人員追加がない状況に対して不安を抱いている風は感じられない。
「まだ霞咲界隈で晩飯の最中かと思ったら、もうとっくに櫨馬へ帰った後だった。今から新濃園寺なんて場所へ向かっていたら何時に到着できるか解らないと言わちまったぜ」
 相も変わらず軽いノリで、どういう経緯で当てが外れたかを説明するバックスに、啓名は苦笑いを返さずにはいられなかった。
「そんなことだと思った」
 ただ、今はそのバックスの軽いノリも、啓名に取って有難い対応でもあっただろう。やはり、敵勢力と遭遇するかも知れない事態に対して、啓名は不安を感じていたからだ。
 プロジェクトマスターである多成の号令なしに人員収集することを、啓名は最初から困難だと思っていた節がある。それを踏まえて、啓名は北霞咲に起脈を敷設するというこのプロジェクト外のメンバーにも、起脈石が破壊された事実を記したメールをばらまいていた格好だった。
 バックスの当てが外れたところで、啓名はポケットからスマホを取り出し再度着信を確認したのだが、そこに望んだ結果はなかったようだった。その表情を曇らせる。
「多成さんからの連絡も、相変わらずない。それと、起脈石が破壊された事実をばらまいたメールに対しても、特に誰かしらからの反応もない、か」
「そうなると、ここからは俺と啓名とでランデブーだな。怖いか?」
 からかうように啓名を覗き込んだバックスを、啓名は鋭い目付きでキッと睨み返し棘を混ぜた返答を向ける。
「まさか。冗談言わないで」
 しかしながら、バックスはあっさりからかう態度を引っ込めてしまって、今度は至極真面目な顔で問い直す。
「正体も規模も能力も不明な敵勢力と遭遇する可能性も踏まえて、日を改めても良い。どうする?」
 それは起脈に対することは、啓名の方が「エキスパートである」という意識が根底にあるからこそ出た言葉だったろう。啓名は大凡バックスの力量を正しく把握している。そして、主窪峠の起脈石に設けていた防衛システムの突破に必要となる能力や実力についても、推し量ることができるのは啓名だ。防衛システムを突破できる敵勢力を現状の戦力で「対処できない」と啓名が判断するのならば、バックスはそこで大人しく退くつもりだったはずだ。
「初動は早ければ早いほど良い。多少の危険を冒してでも、行動しておくべきだと思うわ。大丈夫、退路の確保は怠らないようにする。まぁ、本当に最悪の場合は、バックスに大車輪の活躍を期待する羽目になると思うけど」
 その啓名の言い分は、敵勢力と鉢合わせした場合には星の家の方が分が悪く、大なり小なり危険を伴うことになると言ったに等しかった。もちろん、実際に鉢合わせした場合には敵勢力の力量を推し量りながらの対応になるのは間違いない。起脈石を破壊した敵の全勢力がその場に留まっておらず、威力偵察が可能な程度の戦力だけがその場に控えている可能性もある。尤も、啓名は退路の確保について言及しているわけで、基本スタンスは正面衝突を避けるといったニュアンスだ。
「はは、俺の責任、重大じゃねぇか」
 プレッシャーを向けられてなお、からからと笑ってみせるバックスの軽いノリは啓名に取ってさぞかし心強いものだっただろう。バックスは一頻り笑って見せた後、主窪峠を有する嶺伏ヶ岳(みねぶしがたけ)へと目を向ける。
「オーケー、そんじゃ、ランデブーとしけ込もうか!」
 そう気を吐くバックスを尻目に啓名は顔付きに不安の影を残しており、その目付きには鋭さを伴ったままだった。




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